それから数日が経った。

 相変わらずわたしの勤めているレストランには新人が入らない。

 新しい人を入れてくれないといつまでたっても辞められないし、辞められないといつまでたっても青司くんのお店を手伝えない。

 焦りばかりがつのっていった。


 わたしはレストランに出勤する一方、朝と夕方だけは青司くんの喫茶店を手伝っていた。

 試食をしたり一緒に料理を作ったりと、その時間は楽しい。

 でも、この日の朝は少し違っていた。


「真白、ちょっとこれ見て」

「ん? なあに」


 青司くんがそう言って納戸から持ってきたのは、たくさんの水彩画だった。

 今まで作ったスイーツやドリンクなどが描かれている。

 いつのまに。


「うわあ……。すごい、これ全部描いたの?」

「うん。メニューもだいぶ出揃ってきたからね。結構描きためられたよ。どうかな?」

「うん! 良い! すごく良いと思う」

「そっか。じゃあさっそくこれ、紫織さんのデザイン会社に頼んで製本してもらうね」

「うん。そう、だね……」


 わたしはそうつぶやいたきり、テーブルの上に広げられた水彩画たちから目がそらせなくなってしまった。

 美しい彩色。精密な描写。

 ここまでモチーフの良さを引き出しているのに感心する。さすがはプロだ。


 でも、そんな風に見入っているわたしに、青司くんは不安そうに声をかけてくる。


「真白……? どうかした? もしかして紫織さんのところにお願いするの、良くない?」

「あ。ううん。全然そんなことないよ。そうじゃなくって……。青司くん、スランプだって言ってたけど……これもうスランプじゃなくない?」

「え。いや……」


 そう言ったわたしに、青司くんはあまりいい顔をしなかった。


「これはさすがに自分の身近なものだから……どうにか描けたんだ。でも……お客さんから注文を受けたテーマとかは……まだ描けないと思う。自分が興味の持てないものには、なんていうか……筆が乗らないんだ」

「そうなの……」

「うん。描きたい、っていうモチベーションが上がらないんだ。ホント、これは深刻な問題だよ」


 そう言ってしゅんとうつむく。

 わたしはなんだか可哀想になってきた。

 青司くんはこんなに素晴らしい絵を描けるのに。その技術があるのに。それをうまく発揮できないなんて……。


「なんか、今までのわたしみたい」

「え?」

「わたしもずっと描けなかった、って言ったじゃない? 筆を持つことすら昔を思い出して辛かった、って。この間青司くんに促されて、ようやく久しぶりに描けたけどさ。でも全然……へたっぴだし、嫌になっちゃったよ」

「……」


 青司くんはハッとするとまた急に納戸に戻っていく。

 そしてとある絵を持ってきた。

 それは、わたしがこのあいだ描いた「青司くんの絵」だった。