「毎日、焦りがあった。なんでこんなに努力しているのに、早く上手くならないんだろうって。早く成長しないんだろうって。大人になるにはまだ何年もある。早く働いて稼いで、母さんに楽をさせたいのに、なんでだって毎日焦ってた。でも……そんな俺にも唯一癒される存在があった。それが……きみだ、真白」


 まっすぐ青司くんがわたしを見つめる。

 瞬間。わたしは金縛りにあったみたいに、体の動きも、呼吸も、止まってしまった。


 唯一癒される存在?

 それが……わたし?


「真白、きみが描く絵はとても自由だった。俺みたいに必死さがどこにもない、自由でのびのびとした絵……。きみは、人の顔や空をよく描いていた。俺はその絵に心奪われた。俺の焦る生活を一瞬でも忘れさせてくれるその絵が、なによりの癒しだった……」

「そんな風に、思ってくれてたの? 初めて知った……」


 わたしは愕然とした。

 当時そんな風に思われていたなんて、まるで知らなかった。


 どちらかというと青司くんからはあまり関心をもたれてなかったと思う。

 わたしから話しかけることはあったけど、向こうからは積極的に話しかけられなかったのだ。

 いつも話すのはみんなといるとき。

 みんなといるときは普通に会話できるけど、なんなら「可愛い」とかってからかわれたりもしてたけど、みんながいなくなるととたんに無視というか距離を取られていた。


 だから、とても今驚いている。


「俺は……次第に真白の絵だけじゃなく、真白自身にも興味を持つようになった。楽しそうに絵を描く真白、母さんの料理をおいしそうに食べる真白、どんなときも俺にはその笑顔がまぶしく映った。真白とできるだけ一緒にいたいって思った。でも……反対にのめりこんじゃダメだって、強く思うようにもなった」

「……」


 横で黄太郎が神妙な顔をしている。

 なに、どういうこと?

 とっても嬉しい言葉を聞いているはずなのに、どうしてわたし以外のふたりはこんな辛そうな顔をしているの?


「やっぱな、そんな気はしてたよ」


 黄太郎がそう言って、頬杖をつく。


「お前の真白に対する思いは、当時から並々ならぬもんがあるとは思ってた。どんなに隠そうとしていてもな、俺にだけはわかってたよ。でも……お前は結局なんにもしようとしなかった、ただのヘタレだ」

「そうだ。ただのヘタレだったよ。それは……ずっとそうだった」


 どういうこと?

 黄太郎だけが青司くんのわたしへのわかりにくい好意に気が付いていた、ってこと?

 でも、ヘタレって……。

 どうして。どうしてそうなっちゃったの?