川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

 ううん、それはひとまず置いておいて。

 まず……喫茶店? それをしかもこの家で、かつてのお絵かき教室だったところでやるって。喫茶店をきちんと開けるような設備が備わってるとは思えない。それをどうするつもりだろう。十分な広さはあるけれど……。


「ほんと、いきなり帰って来たし、びっくりさせちゃったよね。ごめん。でもちゃんと考えてきたんだ。開店する資金もあるし、いろんな手続きももうすでに済ませてある。食品衛生管理者の資格も取ったし……もういつでも店を開くことができる」

「……でも、なんで今……」

「実は俺、いっぱしの画家にはなれたけれど、ときどきスランプっていうか……何を描いたらいいかわからなくなるときがあって。それは今まで何回もあったけど、今回のは一番……深刻でさ。スランプの度に、俺はこの家に住んでいたときのことを思い出して……苦しんで……そしてどうにか乗り越えてきた。でも今回は、もう実際に戻らないとダメなレベルだって思って――」

「……」

「勝手……だよね。でもやっぱりここじゃなきゃ、ダメなんだ。ここが俺の原点だから。無くしたものを取り戻さないと……前に進めない気がする。」

「……」


 なんて返していいのかわからない。

 黙ったままのわたしに、青司くんはハッとなって話題を変えた。


「あ、ごめん、俺の話ばっかりして。まだ……だからどういうお店にしたいとか、だいたいのことは決めてきたんだけど、細かいところは詰めてなくてさ。だから、できたら真白と一緒に――」

「青司くん」


 わたしはやっぱり、一番訊きたかったことを訊いとかなきゃ、と思った。

 さっきから頭の中にちっとも青司くんの話が入ってこない。

 やっぱり、それを解消しない限り青司くんとの仲はちゃんと戻らない……そう思った。