怒りが込められた声で呼ばれた名前の持ち主が、目の前を走って行く。
私より1年前に入社したディレクターの先輩。私と違って、いつも笑顔でいられる人。ヘラヘラ笑うなとよく言われているけれど、私からしたら羨ましいなと思う。それに、そういう人程ストレスを抱え込んでいるとも思う。
怒鳴り散らす人は、自分のストレスを怒声に変えているらしい。例えば、上司に逆らえず溜まりこんだストレスを、部下に怒鳴って発散させるとか。だから、自分のストレスをこっちにぶつけるなと言いたいところだが、きっと倍以上の怒声が返ってくるだろう。
自分が怒られた時も、そういう風に冷たく受け止めれば良いものを。何故かできない。
すいませんばかり謝るなと、新入社員や熟年とまでいっていない社員はよく怒られる。でも、謝り癖がついてしまったのは、クレーマーがいたり、貴方達に怒られたりするからで。仕方のない事なのではと思う。
「藤宮さん。」
「あ、はい。」
「ごめん。これの打ち合わせが2日早まることになっちゃった。だから、明日明後日ぐらいに出来上がって欲しいんだ。本当、ごめんね。」
ごめん始まりのごめん終わり。悪いのは五十嵐さんではなくて、クライアントなのに。さっきの怒声だって、内容全部聞こえたけどクライアントのせいであって、五十嵐さんが怒られる内容ではなかった。それなのに、言い返さずに黙って受け止めていたのを知っている。
「わかりました。とりあえず、今の段階のデータを送るので確認していただいて良いですか?」
「うん、確認する。ほんと、ごめんね。」
そんな姿を見ているからこそ、怒れない。それに、怒られない場所で作ってあげたい。何も助けてあげられないから。
謝り癖はついていても、上司によく怒られていても、腕前は確か。明確な指示をくれる。私に頭の中を覗ける能力があるかのように、クソみたいに大雑把な指示を出さない。後輩に好かれる人であっても、損する人だ。