瑞葉が学校の校門がら出ようとする時にパッとしろい影が目の前に現れた。
「にゃー」
声を掛けたのは白玉である。
「あっ、白玉だー。なになに? 行き帰りの護衛?」
『そうです、瑞葉ちゃんのお父様から』
「んー、過保護だなぁ……まぁ仕方ないか」
白玉と瑞葉は並んで歩きながら帰途につく。瑞葉は道端の石を蹴りながら呟いた。
「ママが居ればなぁ……」
『瑞葉ちゃんのママはどこか遠くにいるんですか』
「……」
瑞葉は白玉の問いに、困った顔をして黙るだけだった。白玉はもしかしたら悪い事を聞いてしまったかもしれないと後悔した。白玉は贖罪の意を込めて尻尾を振った。
『瑞葉ちゃん、よかったら尻尾さわってもいいですよ』
「本当? わーい」
「そっ、そっとですよ……!」
一人と一匹はわいわいとじゃれ合いながら家へと帰った。
「ただいま」
「お、おかえり。白玉もご苦労様」
瑞葉が自宅に帰ると、衛がほっとした顔で出迎えてくれた。
「明日も頼むな」
『はい』
こうして行き帰りを白玉に護衛されながら瑞葉は学校に通う事になった。そんな日が一週間も続いた。
「あれからしばらく経つけどなんもないな……」
深夜、ふと目覚めた衛は、麦茶を飲みながら木札を手に一人でぼやいていた。すると、表のシャッターがガタガタと言っている。衛はそっと玄関から外にでると、そこに人影があった。
「やあ、やっぱり見つかった」
「……神室?」
「やはりキチンと挨拶をしなければと思いまして」
『たつ屋』の表からどうどうとやってきたのは『人魚』の男、神室である。しかし、どう考えても人を訪ねる時間では無い。
「しっしっ、うちはあんたに用事はないから帰ってくれ」
「私もあんたには用事はないな」
そう言って、神室が突然手を指揮者のように振ると風と共に水のうねりが起こり、衛の身体を真っ二つにしようと襲いかかる。
「ちょっ……!」
思わず手で防ごうとした龍の守りから水流が流れ出て刃のような神室の水流をせき止める。その衝撃で衛は身体を地面にたたきつけられた。
「ぐはっ」
「ははは、濡れ鼠だ」
全身びっしょりと濡れた衛の姿を見て、神室は愉快そうに笑った。
「ミユキ、居るんだろ? 無沙汰の挨拶に来たよ!」
二階に向かって、神室は叫んだ。その声に応じたのか、不機嫌そうなミユキが階下に姿を現す。
「このすっとこどっこい。うちの婿殿に乱暴するんじゃないよ」
「ははは、ミユキィ……老けたなぁ……」
「あんたが変わらないだけさ、人の理に逆らって、ね」
「ふん……」
神室はミユキを前にしても動じる事なく立っている。
「どうしたんだい、あんたは本所の寺で眠ってるはずだろ」
「あの間抜け坊主、俺を虫干ししようとして通り雨にあってやんの。おかげでこの通り、ピンシャンしてるさ……」
はぁ、とミユキは大きくため息をついた。
「とっとと用向きをいいな。返答次第じゃあんたをまた乾物にしないといけない」
「怖いばばあだ。いえね、お宅の孫娘の瑞葉ちゃんをちょっと預からして貰いたくてね。一応保護者には言って置こうかと」
「たわけた事抜かすんじゃないよ。開きにしてやる」
「おお怖い」
凄んだミユキを口ぶりとは違ってまったく恐れる様子のない神室。
「こっちへおいで、おばあちゃん♪」
「待て!」
神室は手を叩いて、富岡八幡の方角へ走っていった。
「藍、翡翠! 瑞葉を見ててくれ!」
「はい」
瑞葉のお守りを付喪神に託して、衛もミユキの後を追いかけた。あやかし退治ならミユキの方が上手だろうが、体力に関しては衛の方が上だ。衛は渾身のスピードで駆けだした。
「ちょっと待てー!」
「えっ、ちょっ……」
衛は火事場の馬鹿力で神室にタックルを決めた。ふいを付かれた神室がよろめいて倒れた。
「ふう……ふう……」
「この馬鹿ゴリラ! どけよっ」
「どくもんか、どこの世界に娘を浚おうとしたヤツを許すやつがいる!?」
喚きながら神室がもがく、衛が全体重をかけてそれを押さえ込んだ。
「どうやら、長生きなだけで普通の人間みたいだな」
「お手柄だ、衛。こいつは干物にしてうちに吊しておこう」
ミユキが満面の笑みで近づいてくるのを、神室は目をむいて焦りながら見つめた。
「安心しな、ちゃんと人間として成仏する方法は探してやるから」
「くっ、私は弱ったらしい人間なんかもうやめるんだっ」
振りあげた神室の手から水流が起こり、衛の頬をかすめた。すっぱりと切れた傷口からぼたぼたと血が流れる。
「痛っ……」
衛の力が緩んだのを幸いと神室は衛の腕が逃げ出す。そして手に落ちた衛の血をすすった。
「ふふ、これが愛し子の伴侶の味……悪くない」
そうつぶやいた瞬間にミユキの数珠が神室めがけて飛んできたが、すんでのところでそれを躱す。
「とっととお縄になりな!」
「そうは行かない。私も龍神の愛し子を得てこの俺も神の一柱になるんだ……」
「……あんた、それが目的かい」
ミユキの目が大きく見開かれた。神室はまたへらへらとよく表情の読めない笑みを浮かべている。
「……龍神の愛し子……? ってなんだ?」
そう呟いたのは頬を血で染めた衛である。全身からぽたぽたと水をたらしながら衛は立ち上がった。
「あの子は俺のかわいい娘だ! 変な呼び方すんじゃねぇ!」
衛は龍神のお守りを神室に向かって投げつけた。縄のように水流が広がり、神室を締め上げる。
「はは、何も知らないんだな……」
「黙れ!」
勢いを増した水流が神室を押しつぶさんと膨れたところで神室の姿はふっ、と消えた。
「消えた……」
そのまま、深夜の境内は静けさを取り戻した。
「龍神の愛し子?」
衛の小さな呟きだけが、そこに響いていた。
「にゃー」
声を掛けたのは白玉である。
「あっ、白玉だー。なになに? 行き帰りの護衛?」
『そうです、瑞葉ちゃんのお父様から』
「んー、過保護だなぁ……まぁ仕方ないか」
白玉と瑞葉は並んで歩きながら帰途につく。瑞葉は道端の石を蹴りながら呟いた。
「ママが居ればなぁ……」
『瑞葉ちゃんのママはどこか遠くにいるんですか』
「……」
瑞葉は白玉の問いに、困った顔をして黙るだけだった。白玉はもしかしたら悪い事を聞いてしまったかもしれないと後悔した。白玉は贖罪の意を込めて尻尾を振った。
『瑞葉ちゃん、よかったら尻尾さわってもいいですよ』
「本当? わーい」
「そっ、そっとですよ……!」
一人と一匹はわいわいとじゃれ合いながら家へと帰った。
「ただいま」
「お、おかえり。白玉もご苦労様」
瑞葉が自宅に帰ると、衛がほっとした顔で出迎えてくれた。
「明日も頼むな」
『はい』
こうして行き帰りを白玉に護衛されながら瑞葉は学校に通う事になった。そんな日が一週間も続いた。
「あれからしばらく経つけどなんもないな……」
深夜、ふと目覚めた衛は、麦茶を飲みながら木札を手に一人でぼやいていた。すると、表のシャッターがガタガタと言っている。衛はそっと玄関から外にでると、そこに人影があった。
「やあ、やっぱり見つかった」
「……神室?」
「やはりキチンと挨拶をしなければと思いまして」
『たつ屋』の表からどうどうとやってきたのは『人魚』の男、神室である。しかし、どう考えても人を訪ねる時間では無い。
「しっしっ、うちはあんたに用事はないから帰ってくれ」
「私もあんたには用事はないな」
そう言って、神室が突然手を指揮者のように振ると風と共に水のうねりが起こり、衛の身体を真っ二つにしようと襲いかかる。
「ちょっ……!」
思わず手で防ごうとした龍の守りから水流が流れ出て刃のような神室の水流をせき止める。その衝撃で衛は身体を地面にたたきつけられた。
「ぐはっ」
「ははは、濡れ鼠だ」
全身びっしょりと濡れた衛の姿を見て、神室は愉快そうに笑った。
「ミユキ、居るんだろ? 無沙汰の挨拶に来たよ!」
二階に向かって、神室は叫んだ。その声に応じたのか、不機嫌そうなミユキが階下に姿を現す。
「このすっとこどっこい。うちの婿殿に乱暴するんじゃないよ」
「ははは、ミユキィ……老けたなぁ……」
「あんたが変わらないだけさ、人の理に逆らって、ね」
「ふん……」
神室はミユキを前にしても動じる事なく立っている。
「どうしたんだい、あんたは本所の寺で眠ってるはずだろ」
「あの間抜け坊主、俺を虫干ししようとして通り雨にあってやんの。おかげでこの通り、ピンシャンしてるさ……」
はぁ、とミユキは大きくため息をついた。
「とっとと用向きをいいな。返答次第じゃあんたをまた乾物にしないといけない」
「怖いばばあだ。いえね、お宅の孫娘の瑞葉ちゃんをちょっと預からして貰いたくてね。一応保護者には言って置こうかと」
「たわけた事抜かすんじゃないよ。開きにしてやる」
「おお怖い」
凄んだミユキを口ぶりとは違ってまったく恐れる様子のない神室。
「こっちへおいで、おばあちゃん♪」
「待て!」
神室は手を叩いて、富岡八幡の方角へ走っていった。
「藍、翡翠! 瑞葉を見ててくれ!」
「はい」
瑞葉のお守りを付喪神に託して、衛もミユキの後を追いかけた。あやかし退治ならミユキの方が上手だろうが、体力に関しては衛の方が上だ。衛は渾身のスピードで駆けだした。
「ちょっと待てー!」
「えっ、ちょっ……」
衛は火事場の馬鹿力で神室にタックルを決めた。ふいを付かれた神室がよろめいて倒れた。
「ふう……ふう……」
「この馬鹿ゴリラ! どけよっ」
「どくもんか、どこの世界に娘を浚おうとしたヤツを許すやつがいる!?」
喚きながら神室がもがく、衛が全体重をかけてそれを押さえ込んだ。
「どうやら、長生きなだけで普通の人間みたいだな」
「お手柄だ、衛。こいつは干物にしてうちに吊しておこう」
ミユキが満面の笑みで近づいてくるのを、神室は目をむいて焦りながら見つめた。
「安心しな、ちゃんと人間として成仏する方法は探してやるから」
「くっ、私は弱ったらしい人間なんかもうやめるんだっ」
振りあげた神室の手から水流が起こり、衛の頬をかすめた。すっぱりと切れた傷口からぼたぼたと血が流れる。
「痛っ……」
衛の力が緩んだのを幸いと神室は衛の腕が逃げ出す。そして手に落ちた衛の血をすすった。
「ふふ、これが愛し子の伴侶の味……悪くない」
そうつぶやいた瞬間にミユキの数珠が神室めがけて飛んできたが、すんでのところでそれを躱す。
「とっととお縄になりな!」
「そうは行かない。私も龍神の愛し子を得てこの俺も神の一柱になるんだ……」
「……あんた、それが目的かい」
ミユキの目が大きく見開かれた。神室はまたへらへらとよく表情の読めない笑みを浮かべている。
「……龍神の愛し子……? ってなんだ?」
そう呟いたのは頬を血で染めた衛である。全身からぽたぽたと水をたらしながら衛は立ち上がった。
「あの子は俺のかわいい娘だ! 変な呼び方すんじゃねぇ!」
衛は龍神のお守りを神室に向かって投げつけた。縄のように水流が広がり、神室を締め上げる。
「はは、何も知らないんだな……」
「黙れ!」
勢いを増した水流が神室を押しつぶさんと膨れたところで神室の姿はふっ、と消えた。
「消えた……」
そのまま、深夜の境内は静けさを取り戻した。
「龍神の愛し子?」
衛の小さな呟きだけが、そこに響いていた。