ポケットに入れていた携帯が無音だった部屋に音を与えた。途切れ途切れの、今にも消えてしまいそうな音。

まるで今の私みたいだ。

「…もしもし」
繋がるはずないのに。
きっと、音が鳴ったのもこうであって欲しいという私の想いの幻。

『もしもし!!!葵!どこにいるんだよ!!』
「え…お兄ちゃん…!?」

繋がった………?
なんで?あれだけ試したのに。
混乱する頭を整理させようとするが、涙が止まらない。八代くんはそんな私の隣に腰を下ろした。

『葵もいなくなるし、父さんも倒れるし……っ!!葵、今どこにいるんだ!?迎えに行く!!』
いつもの兄らしくない慌てよう。
「私、違う世界にいるみたい…っ、電車に乗って、そしたら…」
全く違う世界にいた。
こんなことは信じてもらえないかもしれない。だけど事実。

『は?え…何、言ってんだよ…』

だったらどこに行けばいい?無事なんだな!?と、電話越しで声を震わせている兄、
「信じ、てくれるの?」
『いつもだったら信じられないけどな、一応これでもお前の兄ちゃんだ。お前が嘘ついてないのくらいわかるさ』
「でも、どうやって帰れるか、分からないの」
駅まで行ったが、何も無かった。工事の予定が立てられているだけだった。
「ちょっと貸してもらってもいい?」
「八代くん…?」
『他にも人がいるのか?』
八代くんは私の手から携帯をそっと持ち上げた。
「もしもし、八代と言います。今、葵さんと出る方法を探しているのですが…」
いつものおちゃらけた感じではない。大人。実際はしっかりしている人なのかもしれない。いや、しっかりしていた。ここに迷い込んでから八代くんに何度も助けられた。

「はい、ありがとうございます」
そう言って、八代くんは私にも携帯を渡す。
『八代ってやつに頼んだが、何がなんでも帰ってこい。こっちからも色々探してみるから』
「うん」
『風邪は引くなよ』
「うん」
『あと…ザザッしも食え』
ノイズが混ざって聞き取りにくくなる。
『ぜっザザッ………て…よ!!!』
「お兄ちゃん!?」



ここで電話は途切れた。