「薫」
「稚尋っ……」
「……可愛いよ」
耳を塞いでしまいたかった。
稚尋は相手の女の子を優しく攻め立てていく。
こんな光景を生で見たのは初めてだったけれど、恥ずかしい気持ちよりむしろ、悲しい気持ちの方が大きかった。
「薫……」
「稚尋……」
聞いてはいけない。
そう思っていても、腰が抜けた澪は何もすることが出来ずにいた。
「いい子だ……」
二人の姿がコンクリートに隠れてしまった後、澪は瞳を閉じた。
相手の女の子の顔が頭からはなれない。
そしていつしか、二人はどこかへ行ってしまった。
稚尋は、いつもああやって……。
稚尋が謝ったあの時の顔を、澪は思い出していた。
“ごめん”
あの時の稚尋は、本当にただの無力な男の子だった。
それなのに。
さっきの稚尋は、ただ強引で……私の知らない稚尋。
知っていたはずなのに、何で……涙が出るんだろう。
私は稚尋が大嫌いなはずなのに。