澪は瞳を固く閉じた。
見たくなんてない。
稚尋のことなんて。
自分が自分じゃなくなる気がするから。
「……じゃあな、姫」
小さく、稚尋の笑い声が聞こえた。
稚尋はそのまま澪から遠ざかっていく。
澪はそっと瞳を開く。
その時最後にみた光景は、ちょうど閉まった保健室の扉だった。
最後まで、稚尋の顔を見ることはなかった。
残されたのは、未だ手をつけていない稚尋の青いハンカチ。
無造作に太ももに置かれたハンカチは、少しシワがあった。
彼もまた、ただの少年なのだ。
これは、不器用な彼の優しさなのだろうか?
そう思うと、なんだか笑えてきた。
「っ……ははっ……」
澪は素直に稚尋が貸してくれたハンカチを手に取り、涙を拭いた。
青いハンカチは、お日様の匂いがした。