「そう」
あの時、澪は本当に悲しい顔をしていた。澪に、裏切られる事に慣れてほしくなんかない。
そんな人生、真っ平ごめんだ。
雛子はその稚尋の言葉に笑みを溢し、言った。
「それが……ちーの、お願いなの?」
「そうだ」
「だったら…………」
雛子はふせめがちな瞳を稚尋に晒しながら、笑った。
「雛に、キスしてよ…………あの日みたいな」
それは、雛子の最後の抵抗か。雛子の言葉を聞いた稚尋は、雛子の瞳の奥を見つめていた。
「……え?」
頬を伝うことを止めない、雛子の涙。
そんな雛子から、稚尋は視線を外すことが出来なかった。
キスだって?あの日みたいな?
どうして今更、傷をえぐるような真似を?稚尋には雛子の気持ちがわからなった。
「……ちー。これが最後の雛のお願い。お願いだよ……ちー……」
その、潤んだ瞳はある意味凶器。
理性と本能の葛藤が、稚尋の頭の中で渦巻いた。
雛子はゆっくりと、その瞳を閉じた。
時間が、やけにゆっくりと流れていた。