「ちっ……さ、桜君!」
稚尋の瞳には不思議な力がある。
目が合ったなら、吸い込まれてしまいそうだ。
澪の言葉に、稚尋は口をへの字に曲げた。
「桜君?今、俺のこと稚尋って呼ぼうとしてたよな?なんで呼ばないんだよ」
どうやら気が付かれていたらしい。
稚尋は小さな子供のようにいじけてみせた。
「だって……」
「なんで呼んでくれないんだよ?」
微妙に、稚尋の腕に力が入る。
それはいいとして。
「桜君……ここ、学校なんだけど……」
「それが、何?」
本当に、この人は何も感じていないのだろうか。
登校してきた他の生徒たちが澪と稚尋をチラチラと横目で見ながら通り過ぎていく。
昨日、フラれたばかりの有名な女生徒が今日にはもう別の男と一緒にいる。
そんな女の印象がいいはずがない。
他の女生徒の恨めしそうな視線が痛い。
澪は途端に言い様のない恥ずかしさに襲われ、稚尋を引き剥がそうとする。
「っ……!放してよ!」
「冷たいなー、姫は」
澪の言葉に稚尋はあっさりと澪を解放した。
稚尋の行動に澪は思わず拍子抜けしてしまう。