「——シキ。どうした?」
ハルがわたしの異変をストレートに言葉にし、問いかける。
お粗末な自分の顔を見られるのが嫌で、とっさに俯いたわたしの頭に重力が増す。
その手がハルのものだと分かったのは、以前も同じ様に頭を撫でられた事があるからだろうか。
「……ご、ごめんなさい。泣いたりして」
必死に涙を拭おうとするけど、後から、後から、こぼれ落ちてくるものだからそれを止める術を今のわたしには分からなかった。
せっかくのいい雰囲気をぶち壊してしまったのではないかと、内心ひやひやしていた。
「いや、謝らなくていいから。俺が知りたいのは泣いてる理由だよ」
ハルの声はいつだって真摯でいて、優しさに溢れている。
「目は擦るな。ハンカチで軽く叩け。それ腫れるぞ」
と、アキ先輩が水色の無地のハンカチを差し出してくれた。
自分のハンカチも持ってはいたけど断るのも変だと思い、有り難くそれを受け取り、言われた通りに軽く叩く様にハンカチで涙を抑える。
その間も二人は、わたしの話を静かに待ってくれていた。
少し落ち着いたところで、わたしはようやく口を開いた。
「……せ、先輩達とセッションして、——生まれて初めて誰かと演奏して……わ、わたし感動しちゃって。……気づいたら泣いてて、……でも泣いてる自分にびっくりしちゃって、……」
二人は静かに相槌を打ち、わたしの言葉に耳を傾け続けている。
「……自分でも戸惑っているんです。セッションって、音楽って——こんなにも尊く、愛おしいものだったんですね」
知ってしまったこの世界を、わたしは忘れることなどできるのだろうか。
だってハルとアキ先輩は、平凡なわたしが本来関わることなどないはずの特別な人たちだから。
その二人が今後もずっと一緒にこうしてわたしと演奏し続けてくれるはずなんてないから。
何より中間層——その他大勢のうちの一人として目立たぬ様に、波風を立てぬ様にと、息を殺すようにして生きてきたわたしには、彼らと行動を共にし続けることなど無理に決まっている。
そんなことは到底無理に違いないはずなのに、演奏後わたしの手は興奮で震えていた。