そんなことは露知らずのハルは「んじゃ、シキ。カウントよろしく」と、わたしに向かって完璧な笑みを浮かべて微笑んだ。


「は、はい!」


 どうやらわたしに合わせてくれるらしい雰囲気なので、そのまま有り難く従っておく。

 ハルとアキがそれぞれ楽器のポジショニングを終え、わたしに目配せをした。

 ドラムのスティックをクロスし、軽く右スティックで左スティックを叩き、音を立てる。

カッ、カッ、カッと言うスティック音でカウントを取り、それを合図に演奏が始まった。

 荒削りなわたしのドラム音に、アキ先輩の安定感のあるベースが支えるように組み込まれ、そしてそのリズム体の二人の音に調和する様に滑らかにハルのギターの音が乗っかる。

 それはとても不思議な感覚だった。

 なんて心地のいい時間なんだろうと、思うと同時にわたしはひどく後悔した。

どうしてわたしは今までセッションという快感を知らずにいられたんだろう。

 いや、むしろ何故知ってしまったのだろうと言う方が正解かもしれない。

 こんなものを知ってしまったら、もう二度とわたしはたった独りだけでドラムを叩けない。

 自分の実力は誰よりも自分自身がわかっていた。

 演奏というにはまだまだ覚束ないわたしのドラムでは、誰かとバンドを組めるほどの実力なんてない。

 そもそもハルとアキ先輩が今こうしてわたしとセッションしてくれるのだって、わたしが二人と同じくneoirが好きだからだ。

 そうでもなければ二人との接点など存在などしていなかっただろう。

 だけど知ってしまった。

 誰かと共に創り出すこの音の世界を。

独りでは決して生み出すことなど出来ないこの世界を。

 この世界を知ってしまった今、まるで世界が違って見えた。

 そして気づけば初めてのセッションは終わっていて、わたしは込み上げてくるものを抑えることも出来ずに止めどなく溢れさせた。

 涙腺が決壊し、頬を熱い雫が伝う。

 演奏に満足した様子のハルとアキ先輩がわたしに視線を走らせ、目を見開いたのがぼやけた視界でも分かってしまった。