アキ先輩はため息を一つこぼし、「あいつホントとんでもねーな」と呟いた。


「俺はハルから今日、ここでセッションするからベース担いで来いって言われて来たんだ」

「んん!?」


 寝耳に水という表現が、ここまでぴったりと当てはまる状況も中々ないのではないだろうか。


「とりあえずハルが来る前にチューニングだけでも終わらせておくか。シキ、そのアンプって好きに使っていい?」


 私が使っているドラムの真横に設置されたアンプを指差しながらアキ先輩が尋ねる。

 よくよく見てみるとアキ先輩の背中には、確かにベースと思わしき形をしたナイロン製の楽器用ケースが担がれていた。


「ど、どうぞ。ご自由に」

「サンキュー。てか、この部室ほんと機材が充実してるのな」


 部室に入るやいなや部屋全体を物珍しそうに見渡しながらそう呟いたアキ先輩は、私の隣に椅子を引っ張って来て腰を下ろした。

 アキ先輩の言う通り、確かにこの部室の機材は部員の贔屓目から見ても、その辺の下手な楽器屋に併設されたレンタルスタジオより設備がしっかりしている気がする。

 と言うかさっきからアキ先輩、わたしのこと“シキ”って自然に呼んでるけど、一体どうしてこんな状況に?

 当たり前だけどわたしはこれまで一度も彼とは話したことなんてない。

 それとも目立つ人たちにとって、友達の友達は自分も友達的なルールでもあるのだろうか?

 いくらメッセージアプリ上でラフな会話ができる様になったと言っても、ハルとわたしが“友達”と言っていいほど親しい間柄とは思えない。

 だけどアキ先輩がわたしを知るきっかけを作った人物が居たとしたら、それは間違いなくハル以外考えられなかった。


「ちょっとチューニングに時間貰える?」

「……どうぞ」


 と言いながらも、慣れた手つきですぐにチューニングを終わらせたアキ先輩。