そうして何とか口にしたわたしの気持ち。

 せっかくの申し出を生意気にも断ろうだなんて怒られるだろうか。

 だけど恐る恐る見上げたハル先輩の表情は、わたしが想像していたものとは違っていた。


「そっか。じゃあさ?」


 と、徐に携帯を操作し始めたハル先輩は笑みすら浮かべており、その顔は凪いだ海の様な穏やかなものだった。


「——これでよし」


 一体何が”これでよし”なのかと首を傾げた瞬間、携帯の通知音が鳴る。

 ハル先輩に促されるまま携帯の液晶に視線を落とすと、そこには新着メッセージの通知が表示されていた。

 ”シキ。改めてよろしく”と書かれたそれはハル先輩からの初めてのメッセージ。


「まずはメッセージのやり取りから始めてみよう。シキが慣れるまでは話し言葉は敬語でいい。でもメッセージ上ではお互い名前で呼び合って、敬語もなし」


 “これならどう?”と、わたしに歩み寄ってくれたであろうハル先輩の最大限の譲歩に、後輩であるわたしがこれ以上口を挟むわけにはいかない。

 確かに突然面と向かってハル先輩を呼び捨てにするよりかは、幾分かハードルは下がった様に感じる。

文字でのやり取りなら何とかわたしにも出来そうだと思い、こくりと頷く。


「よかった。また連絡する」


 と言うハル先輩の言葉を最後に、その後のことをわたしは正直あまり覚えていなかった。

 あまりにも現実離れした出来事に、あれは夢だったのではないかと疑ってしまう。

 どうやって自室に辿り着いたのかさえ覚えていないけど、ベッドに寝転がったわたしは何度も液晶画面を覗き込んではその名前を探した。

メッセージアプリを起動すれば、そこには確かに“ハル”と表示されるアカウントが存在している。

 どうやらこれは現実らしい。

 そしてその翌日から“ハル”との、何気ない会話がメッセージ上で交わされる様になった。

 “おはよう、シキ”、という挨拶に始まりお互いの好きなもの、苦手なもの等を質問し合いそのレスポンスは途切れることなくほぼ毎日続いた。

 初めはぎこちなかったやりとりも徐々にハルのおかげで、冗談を言い合えるくらい随分ラフなやり取りができる様になっていた。

 だけどあの日からハルとは一度も会っていない。

 ハルとの距離を測りかねていたわたしに気を遣ってくれているのか、それとも“また”などやはり初めから存在していなかったのか。

 七月初めに始まったこのやり取りも、もうすぐ二週間目に突入しようとしていた。

明日からようやく待ちに待った夏休みが始まる——。