そうなると、最初にそう呼び始めた人物さえも本人から了承を得た上でそう呼んでいるのかも最早怪しいなと内心苦笑する。


「なるほどね」


 そう笑ったハル先輩の表情はひどく穏やかだった。


「だったら改めて自己紹介をさせて貰うね?」

「え。……あ、お願いします、?」


 一体どうしてハル先輩が改めて自己紹介をすると言ったのかは正直意味が分からないけれど、断るのもおかしいと思い頷いておいた。


「俺、君原春臣(きみはら はるおみ)。高三。ちなみに呼び方はハルでいいよ。敬語も要らない」


 ツッコミ満載の自己紹介になんと反応すればいいのかと、わたしが考え込んでいる隙にハル先輩はさらに続ける。

 まるで悪戯が成功した子供の様な顔で彼は笑う。


「そして俺から一つ提案があります」

「……?」

「8月中旬に例のバンドのライブがあります」

「え!」


 そのバンドを好きな割に、ライブの情報なんて全く掴んでいなかった自分が情けない。

 咄嗟に出た声を取り繕う事も出来ずにいるわたしの反応を楽しんでいるのか、ハル先輩はさらなる爆弾を投下した。


「そのライブ一緒に行かない?」

「——わたしと、ですか……?」

「そ。だから君の名前と連絡先が知りたいな」


 そして今度はひどく大人びて見える表情へと変わる。

 その子供とも大人とも言えない表情が何だかとても魅力的に映る。

 ハル先輩のその声で問われると、何でも答えたくなるのだから不思議だ。

なんて耳心地の良い声なんだろう。

 結局、ハル先輩の提案を断ることなどできるはずも無く、わたしは口を開いた。


「……えっと、二年の三浦志紀(みうら しき)です。連絡先は……、あ! これでいいですか?」


 と、携帯の画面にQRコードを表示させる。

 ”ありがとう”と言いながらその上に自分の携帯をかざしたハル先輩の画面に、やけに見覚えのあるアカウントが表示される。

 ハル先輩によって追加されたそのアカウントが自分のものであると言う事に、正直全く実感が湧かない。