思わず視線を逸らしそうになるのを、寸前のところで堪える。


「家どこら辺?」

「——えっと、◯◯ら辺です」


 聞かれるままに答え、ハル先輩の斜め後ろをついて歩く。

隣を歩くのは流石に憚られた。

 ハル先輩は特に気にした様子はなく、時よりこちらを振り返りながら話題を振ってくれる。そしてやっぱりハル先輩との会話は徐々に弾んで行く。

 次第に緊張も解け、肩の力も抜けていた。気付けば斜め前に居たはずのハル先輩は車道側に立ち、わたしの隣を歩いている。

 家の目の前まで送ってくれたハル先輩に対して改めてお礼を述べた。


「——今日はありがとうございました」

「俺の方こそありがとう。話せて楽しかった」


 その言葉は間違いなく社交辞令だと分かっているのに純粋に嬉しいのは、相手がハル先輩だからだろうか。

それとも初めて同士との交流が出来たからだろうか。

 自分の気持ちなのにそれはひどくあやふやだった。

 するとそこで、ハル先輩が”実はさっきから気になっていたんだけど”と前置きした上で口を開く。


「……俺、名乗ったっけ?」


 どうして自分の名前を知っているのかと、不思議だと言いたげな様子で首を傾げたハル先輩。


「(……ああ、この人は無自覚なんだ。)」


 と、悟ってしまった。

 きっとハル先輩は、自分という存在が周りにどう思われているのか何て考えもしないし、気にしないタイプの人だ。

そして同時に自分の及ぼす影響力にも無頓着。


「あ、すいません。クラスの子がそう先輩のことを呼ぶものだから完全に無意識でした」


 少なくとも同じ高校に通う生徒の中で、彼のことを知らない人はまず居ない。

 そして彼あるいは彼女たちは、その多くが先輩のことを”ハル先輩”と呼ぶ。

誰が最初にそう呼び始めたのかは分からない。