誰の目を気にする必要もなく、自由奔放に振舞える。女子高生の舞子が天ヶ浜で想像していたような、そんな無限大の自由はさすがに大都会東京にもなかった。
でも、それは東京という環境が許さないのではない。結局ブレーキをかけるのは自分自身なのだ。そのことが分っただけでも舞子には大きな収穫だった。
地元ではまず許されないような奇抜なファッションやヘアスタイルに挑戦してみようかと考えたこともあった。でも無理してそんなことをしたところで、自分らしくもないし居心地も良くない。むしろ自由であることの奴隷になっているのではないか。そう考えるようになった舞子は、心の声に耳を傾けて、自分に忠実に生きようとした。そして、そんな舞子を、友人たちが当然のように受け入れてくれるのが幸せだった。
今思えば、受け入れてくれたというよりも、みんな自分の信じる生き方の実践に夢中で、他人のことなんか構っている余裕がなかっただけなのかもしれない。それでも、そんな環境がいかに稀であるかは、それを失うまで分からなかった。
美大生の自由で大胆な発想や行動を目の当たりにして、舞子は大いに刺激を受けた。彼女らが創造する作品だけでなく、生き方そのものが到底まねできないような豪傑や変わり者も多かった。同じ立体アートを専攻する田島ことみからも色々と教わった。
一浪しているので舞子よりひとつ年上のことみは、宮本武蔵の兵法書『五輪書』や新渡戸稲造の『武士道』を鞄に入れて持ち歩くような異色の女子大生だった。性格は豪快な姉御肌で、年齢性別問わず誰とでも仲良く付き合うので、下級生からも人気があった。酔っぱらうと舞子のことをよく姫と呼んでかわいがってくれた。
他大学の男子学生との合コンを取り仕切るのも、大抵ことみの役割だった。
「舞子ぉ、今度こそ合コンきてよね」
「やだよ。もう合コンなんて金輪際ご免だって言ったじゃん」
ことみに誘われて一度参加した時に、ぶっちぎりでもてまくった舞子だったが、ちやほやしてくる男たちの会話内容の低レベル振りに辟易し、その後二度と合コンには参加しないと決めていた。噛み合わない会話を盛り上げようと気を使い、無理やり男に合せて何が楽しいんだか。
「そんなこと言わずにさ。姫が来るっていうと、野郎どもの参加率が急上昇するんだから。幹事の顔つぶさないで。ね、お願い」
「お断り~」
こうした、ちょっと強引な誘いにも、あとくされなく平気でノーと言える相手がことみだった。
合コン以外でも、ことみはよく舞子を飲みに誘ってくれた。あまり呑めない舞子だが、それでもことみからの誘いは断らなかった。
酔っぱらった時のことみの口癖は「あたしゃ新選組の隊士に生まれたかったよ」だった。新選組に関するうんちくはともかくとして、いつも最後に「かわいい姫、あんたが男に汚されるくらいなら、いっそあたしが」と言いながら酒臭い口でキスしてくるのは、舞子的には勘弁して欲しかった。
ユニークな友人にも恵まれた大学時代は、当初思い描いていた都会暮らしとは別物だったが、それでも夢のように充実した四年間だった。
若さゆえに、どう扱っていいか分からずに持て余す感情、葛藤や苦悩、欲望、湧き上がる歓喜を、自分の作品に叩きつけることの充実感。そんな贅沢を許された四年間でもあった。
卒業制作をステンドグラスで制作することに決めた舞子は、大学四年の夏休みを丸々地元で過ごした。その間、母から個人講習を受けて、ステンドグラスのイロハをみっちり叩き込まれるうちに二十二歳の夏が終わった。
「受講料、高いわよ」
笑いながら、悦子は基礎から丁寧に教えてくれた。その甲斐あって『希望のゲルニカ』は、大学四年間の集大成に相応しい入魂の作品に仕上がった。その自負は今も変わらない。店の壁に堂々と飾られている卒業制作は、大学時代の象徴として、今の自分が正視するには眩し過ぎるくらいの輝きを放っている・・・舞子はそう感じていた。