やがて町の外れに洞窟を見つけた。ちょっと怖かったが慎重に奥に進んでみることにした。
おかしな話だが、舞子自身が空想している世界なのに、そのビジョンが真に迫っているため、本当に怖くなってしまうことがある。この時も、洞窟の奥に進んで外からの光が届かなくなるにしたがって、怖くなって引き返そうかと考えた。空想なのだから、そこで目を開ければいいだけなのに。
そのうち、洞窟の奥の方から柔らかな明かりが漏れ出ているのが見えてきた。
さらに慎重に、息を殺しながら先に進んで行くといきなり開けた空間に出た。
そこで目にした光景に、舞子は思わず息をのんだ。
半径十メートルほどのドーム状の空間。その壁一面に無数の天使の石像が安置されていた。その数は軽く千を超えそうだ。
石像は、まるで壁から生えているといった趣で、ドーム空間の頂点めがけて斜めに突き出すように立っており、舞子の背丈ほどもある大きなものから、手のひらサイズの可愛い天使まで様々だった。
地面にも同様に大小の天使像がずらりと立ち並んでいる。その隙間を縫うように、これもまた無数のロウソクが灯されており、空間一面に柔らかな光を投げかけていた。
舞子が動くと、ロウソクの炎が揺らめいた。天使の投げかける影が動き、まるで生きているかのように表情を変えた。
よくよく見れば、石像は置かれているわけではなく、石の壁から削り出されていることが分かった。
これは途方もない労力だ。一体、誰が造ったのだろう。
辺りを見渡すと、舞子の立つ場所のちょうど反対側に、老人がこちらの背を向けて座っているのが分かった。
あの老人が、この偉大な空間芸術の作者だろうか?
天使に見守られながら、舞子は半円を描くように壁沿いを伝って歩き、静かに老人の方に向かった。
近づいて行くと、老人の手にノミとハンマーが見えた。
やっぱりあの人がこれを造ったんだ。
「あのぉ・・・」
作業の邪魔をしないように、恐る恐る声を掛けてみたが。老人は微動だにしない。
聞こえないのかな。
もう少し近くまで行って、もう一度声を掛けようとしてやめた。
老人も石でできていた。
その足は、大地から生える樹木の根のように地面と一体化していた。
ノミとハンマーの先には、今まさに石の塊から生まれつつある天使がいた。

空想から覚める頃には、教室はすっかり夕陽に染まり辺りはオレンジ色になっていた。
慌てて帰宅した舞子が、初めてケンに会ったのはその日だった。
知らない外国人の男性が母と仲良くおしゃべりしている光景には驚いた。
いきなり「うちの娘です」と紹介された照れくささと、デッサンをさぼった後ろめたさから、舞子はそそくさと自分の部屋に逃げ込んだ。

第一志望の女子美術大学に合格した舞子は、その後の大学生活に想像を巡らせると楽しみで仕方なかった。
おかげで十八年間暮らした天ヶ浜を発つ時も、あまり寂しさは感じなかった。荷造りの最中に、長年使ってきた自分の部屋から物が減り、自分の帰る場所がこの世から消えてしまったと、そんな風に感じて胸がうずく程度だった。
大学で立体アートを専攻したのは、ステンドグラス作家である悦子の影響があったかもしれない。いずれにしても美大生として過ごす四年間は、期待にたがわず充実した日々だった。生活の心配もなく創作活動に専念できることの幸せを、母への感謝と共に噛みしめた。