ボブ・ワナメイカーがいなければ、ケンも戦死者リスト入りしていたのは確実だった。そしてボブ自身は、ケンを助けた時に脊髄に被弾し、兵士としての人生を終えたばかりか、海兵隊を名誉除隊した後も車椅子での生活を余儀なくされた。
一方、身体的には無傷で帰還したケンだったが、精神的ショックは計り知れなかった。燃えカスとなった心の中に、わずかに残った勇気を振り絞って、ようやく入院中のボブを訪ねた時には、あの戦闘から三ヵ月が経っていた。

ボブは車椅子で不自由なく日常生活を送るべく、厳しいリハビリに励んでいた。その闘志は兵士だった頃からいささかも衰えていないように見えた。
その場に愛妻ケイトの姿が見えないのが少し心配だったが、ボブ自身は自分の身に起きた悪夢を呪うでもなく、激変した人生を前向きに受け入れているようだった。
「ボブ、何と言っていいのか・・・俺を助けたばっかりにこんなことになっちまって」
うつむきながらおずおずと切り出すケンに、ボブは言った。
「お前なぁ、俺を見損なってくれるなよ」
ボブは、まじまじとケンの顔を見つめながら続けた。
「俺はね、二十二年前の宣誓式以来、てめぇの命は海兵隊のもんだと思ってきた。だから任務中にくたばろうが、かたわになろうが悔いはないんだ。ましてや戦友を助けた上での負傷なら、むしろ名誉ってもんだぜ」
ケンにとっては、これ以上望みようのない言葉である。その鋼のように強靭な精神力を目の当たりにして、あらためて兵士として、人間としてのボブの偉大さに敬服するほかなかった。
そんなボブのために俺は何ができるだろうか。ケンは必至で考えたが、良い答えは見つからなかった。

ボブを病院に訪ね、彼の口から直接あの言葉を聞いたことで、ケンは心に重くのしかかっていた罪悪感がようやく少し薄れた気がした。
だが、ケン自身の精神力はボブほどに強くはなかった。血を分けた兄弟であるリックをはじめ、兄弟同然の存在だったチームの仲間をいきなり失った事実は、ケンの心を着実に蝕んだ。
軍隊における目標を失った。なぜ戦うのか分からなくなった。あれほど熱心に取り組んでいたナイフ術の訓練にも行かなくなった。それまでの厳しくも充実した日々が嘘のように、果てることのない虚無感に苛まれた。人生が無意味になった気がした。自分自身が空っぽのコップになった気分だった。
そんな精神状態で耐えられるほどフォース・リーコンの訓練は甘くはない。限界を感じたケンはしばらくして軍隊を辞めた。そのことをボブには言えなかった。

両親もおらず、身内らしい身内も知らず、軍隊をわが家としてきたケンには、除隊したところで行く当てなどなかった。
人間は辛い時ほど、幸せだった過去に思いを馳せるものである。気がつくとケンは、日本のことや、沖縄での日々を思い出していた。海兵隊員として夢中で訓練に明け暮れ、軍隊の何たるかを身につけていった日々。二度と戻ることのできないあの頃への憧憬は、ケンの気持ちを沖縄へと駆り立てた。
沖縄に何か当てがあるわけではない。現実逃避でしかないことも分かっている。だが、ここで腐ってゆくよりはましだ。
沖縄行きを心に決めたケンは、かつて世話になったナイフ術の先生、トゥワンコ師にあいさつをするためにダウンタウンの道場を訪ねた。だが道場があった場所は空き家になっており、テナントを募る不動産屋の案内が貼り出されていた。
ここに集った、自分と同類のあの男たちはどこに消えてしまったのか。いや、消えてなどおらず、みんな見えないところで自分の戦いを続けているのだ。対してこの俺は、一体何をやっているのか・・・虚しさが込み上げる中、ボブのことが無性に恋しかった。