半月ほど前のあの朝の、ケンとの数年ぶりの再会を、舞子は思いがけず手にしたプレゼントみたいなものだと思っていた。
舞子が東京での六年間の生活に終止符を打ち、天ヶ浜に戻ってきたのが今年の春だった。母の喫茶店を手伝いながら今一度、今後の人生設計をじっくり描く、というのはあくまで建前であることは、舞子自身が一番よく知っていた。
彼女にとって、天ヶ浜に帰ってきてからの半年間は、何事もなくただ時間が流れ去った、それだけの日々だった。将来に対する明確なビジョンを持てずに、具体的な行動を起こす力も出ない。様々な決定事項を先送りにするモラトリアムな日々。決して居心地が悪いわけでもないし、食うや食わずの生活を送る者からしたら、良いご身分だと嫌みのひとつも言いたくなるかも知れない。
しかし舞子の心は常に、一生に一度しかない若い時代、今この瞬間を無駄に浪費しているという感覚に追われており、気分が休まる呑気な日々では決してなかった。
そんな、真綿で首を絞められるようなぬるい毎日に突然、張り合いと希望を与えてくれたのがケンとの再会だった。
以来、およそ二週間。彼女の生活は目まぐるしく変化し、ここ最近感じたことのない充実感を味わっていた。その理由は舞子自身にもよく分からなかった。いつまで続くのかも分からないケンのいるこの生活に、一体自分は何を期待しているのだろうか。
それでも舞子は、そんな毎日を楽しんでいた。そしてこの時間を継続させるためには、ケンにあまり立ち入った事情を聞くべきじゃない、そんな風に思い始めてもいた。
舞子自身が、女子高生だったあの頃から大きく変わったのと同様に、いや、多分それより遥かに大きくケンは変わったのだ。舞子は日を追うごとにそんな感覚を強めていた。
無邪気なほど自信にあふれる海兵隊員だった、あの日のケンはもういない。今、わたしの目の前にいるのは、実際に経過した空白の年月以上の日々を心に刻んだ男なのだ。
一見陽気にしていても、今のケンは心のどこかに不安を抱いており、緊張を解いて完全にリラックスすることはないように見えた。そしてケンの心の中には、例えどんなに親しくなっても踏み入ることの許されない領域があるような気がした。だから舞子も、母の悦子も詳しいことは一切聞かなかった。
ケンが仕事を探しに天ヶ浜にやってきたと言ったので、何も尋ねることなく、造船所の仕事を探してきてあげたのだった。
天ヶ浜での生活が、いつかケンの心を氷解させるのではないか。ケンも、そして自分も再びあの頃を取り戻せるのではないか。舞子はそんな希望を密かに抱いていた。

ケンと舞子が「ゲルニカの木」に帰ってくる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
店からは温かみのある明かりが漏れていた。ステンドグラスの窓は輝く絵画のように美しかった。例えちっぽけでも、暗い道を行く人たちを勇気づけるような眩しさだ。
周囲の暗闇から浮かび上がる店を見て、舞子もケンもちょっと幸せな気分になった。こうして帰ってくる場所があるのは素晴らしいことだ。