「舞子ちゃーん、時間だよ、時間」
慌てた様子で実行委員の相沢がやってきた。
「お、さすがだね。天ヶ浜一の別嬪さんだ。彼氏の方も楽しんでる?」
そう言いながらケンを肘で小突いた相沢は、返事も待たずに妹尾に向かって言った。
「あんた、カメラマンだったよね。今日は頼むよ」
妹尾が何か言おうとする前に、すでに相沢は舞子を急かしていた。
「さぁ、舞子ちゃん。みんな待ってるから早く行こう、行こう」
「はいはい。じゃぁケンさん、妹尾さん、また後でね」
闇の中に、山の中腹にあるこの神社の境内だけが、無数に吊るされた提灯の明かりで浮かび上がっていた。海の方から見たら、空中に浮かぶ異空間と、そこへと通じる道しるべのように見えたとしても不思議はない。
今や、境内は見物人でぎっしり埋まっており、期待混じりの喧騒に包まれている。
「そこのお二人さん」
妹尾とケンが揃って振り向くと、悦子が立っていた。
「あ、これはどうもこんばんは。もうじき始まりますよ。舞子さんもう行っちゃいましたから」
「ええ。ほんとはもっと早くに来れたんですけど。舞子に見つからないようにって思って、ギリギリに来たんです」
「そうなんですか。でも舞子さん、お母さんが来てるって分かっても気にしないんじゃないかなぁ。全然緊張してないって言ってましたし」
「そう?でも、あの子の性格からすると、少なくとも事前に行くわよって言ったら、きっとダメって言ったと思うの・・・それより、なあに、二人してそのお面」
悦子は、妹尾とケンが頭にお面を斜めがけにしているのを見て言った。
「あ、いや、これにはちょっとした理由がありまして、な、ケンさん」
「そうね、変身、楽しいね。舞が喜ぶよ」
「へぇ、そうなの。変なの」
悦子は嬉しそうに笑った。
そこに小鼓の乾いた音が響き渡った。続いて太鼓が大きな音で打ち鳴らされて空気を震わせた。一瞬で人々のざわめきは止み、水を打ったように静まり返った。
ひな壇の方に目をやると、いつの間に現れたのか、和装に身を包んだ四人の男が小鼓と太鼓を打ち、横笛を吹き始めた。あちらこちらからカメラのシャッター音が響きストロボが焚かれる中、ひな壇へと続く花道からは、精巧な木彫りのお面をつけて神様を演じる者と、二人の従者がゆっくりと歩いてきた。従者の手には松明が握られており、たっぷり時間をかけてひな壇までたどり着くと、四隅に置かれたかがり火に火を灯した。
元々、天懇献呈の儀は能楽をベースにしており、屋外で行われるため薪能に近いものだった。演目は天ヶ浜に伝承されている民話で、地元の者なら誰もが知っている内容のため、能楽の知識がなくても楽しめるものになっている。
ケンは、演じられる内容は一切理解できなかったが、それでも日本の伝統芸能に触れているという事実が嬉しく、風変わりな舞台に目が釘付けとなった。
妹尾は、今さらカメラマンを演じるのもバカらしいと思いつつも、カメラのシャッターを切った。舞子が花道を歩いてきたら、とっておきの良い表情を撮ってあげようと、自分でも気づかぬうちに張り切っていた。
天懇献呈の儀は終盤に差し掛かり、いよいよ十二遣徒の登場となった。提灯で照らされた花道を歩く十二人は、子供から青年、壮年、中年、熟年とそれぞれの世代の男女が選ばれておりバラエティに富んだメンバーで構成されていた。
衣装も自前なのでバラバラだが、全員が十二遣徒の証である赤いショールのような布を肩から掛けていた。手に持ったヒノキのお盆には燻製や缶詰、生の魚まで様々な魚介類が乗せられていた。
慌てた様子で実行委員の相沢がやってきた。
「お、さすがだね。天ヶ浜一の別嬪さんだ。彼氏の方も楽しんでる?」
そう言いながらケンを肘で小突いた相沢は、返事も待たずに妹尾に向かって言った。
「あんた、カメラマンだったよね。今日は頼むよ」
妹尾が何か言おうとする前に、すでに相沢は舞子を急かしていた。
「さぁ、舞子ちゃん。みんな待ってるから早く行こう、行こう」
「はいはい。じゃぁケンさん、妹尾さん、また後でね」
闇の中に、山の中腹にあるこの神社の境内だけが、無数に吊るされた提灯の明かりで浮かび上がっていた。海の方から見たら、空中に浮かぶ異空間と、そこへと通じる道しるべのように見えたとしても不思議はない。
今や、境内は見物人でぎっしり埋まっており、期待混じりの喧騒に包まれている。
「そこのお二人さん」
妹尾とケンが揃って振り向くと、悦子が立っていた。
「あ、これはどうもこんばんは。もうじき始まりますよ。舞子さんもう行っちゃいましたから」
「ええ。ほんとはもっと早くに来れたんですけど。舞子に見つからないようにって思って、ギリギリに来たんです」
「そうなんですか。でも舞子さん、お母さんが来てるって分かっても気にしないんじゃないかなぁ。全然緊張してないって言ってましたし」
「そう?でも、あの子の性格からすると、少なくとも事前に行くわよって言ったら、きっとダメって言ったと思うの・・・それより、なあに、二人してそのお面」
悦子は、妹尾とケンが頭にお面を斜めがけにしているのを見て言った。
「あ、いや、これにはちょっとした理由がありまして、な、ケンさん」
「そうね、変身、楽しいね。舞が喜ぶよ」
「へぇ、そうなの。変なの」
悦子は嬉しそうに笑った。
そこに小鼓の乾いた音が響き渡った。続いて太鼓が大きな音で打ち鳴らされて空気を震わせた。一瞬で人々のざわめきは止み、水を打ったように静まり返った。
ひな壇の方に目をやると、いつの間に現れたのか、和装に身を包んだ四人の男が小鼓と太鼓を打ち、横笛を吹き始めた。あちらこちらからカメラのシャッター音が響きストロボが焚かれる中、ひな壇へと続く花道からは、精巧な木彫りのお面をつけて神様を演じる者と、二人の従者がゆっくりと歩いてきた。従者の手には松明が握られており、たっぷり時間をかけてひな壇までたどり着くと、四隅に置かれたかがり火に火を灯した。
元々、天懇献呈の儀は能楽をベースにしており、屋外で行われるため薪能に近いものだった。演目は天ヶ浜に伝承されている民話で、地元の者なら誰もが知っている内容のため、能楽の知識がなくても楽しめるものになっている。
ケンは、演じられる内容は一切理解できなかったが、それでも日本の伝統芸能に触れているという事実が嬉しく、風変わりな舞台に目が釘付けとなった。
妹尾は、今さらカメラマンを演じるのもバカらしいと思いつつも、カメラのシャッターを切った。舞子が花道を歩いてきたら、とっておきの良い表情を撮ってあげようと、自分でも気づかぬうちに張り切っていた。
天懇献呈の儀は終盤に差し掛かり、いよいよ十二遣徒の登場となった。提灯で照らされた花道を歩く十二人は、子供から青年、壮年、中年、熟年とそれぞれの世代の男女が選ばれておりバラエティに富んだメンバーで構成されていた。
衣装も自前なのでバラバラだが、全員が十二遣徒の証である赤いショールのような布を肩から掛けていた。手に持ったヒノキのお盆には燻製や缶詰、生の魚まで様々な魚介類が乗せられていた。