それよりも驚いたことに、アイダはリックの婚約者だった。兄にそんな存在がいるとは全く気がつかなかったケンは、自分の知らないリックの意外な一面を垣間見た気がした。
「あなたがケン・オルブライトね。はじめまして」
悲しみを感じさせない気丈な声でアイダはあいさつした。
「え、ああ、どうも」
「初めての挨拶がこんな場になってしまうとは、本当に残念です」
「ええ、確かに」
「あなたのお兄さん、リックはあなたのことを本当に誇りにしてましたよ」
「え、兄貴が?」
リックこそ俺の誇りだった。そのリックが俺を?
思いがけない告白に、ケンは戸惑った。
「ええ、そう。デートの最中だっていっつもあなたの話ばっかり。私が思わず嫉妬してしまうほどに」
そう言ってアイダは笑った。
「だからお会いできるのを楽しみにしてたんです。どれだけ素晴らしい弟さんなのかなって」
「それはどうも・・・えっと、失望させていなければ良いのですが」
「いいえ。予想通りの立派な軍人さんで、さすがリックの弟さんだなって。彼は逝ってしまったけれど、私たちの記憶にある限り、その存在は永遠に生き続けます」
「はい。あんなに立派な兄ですから。忘れられるはずもありません」
「そうよね。残された私たちが自分の人生をいかにしっかりと生きるか。彼に宿題を出されたような気がしてるの」
「はぁ・・・」
「いつまでも悲しみに暮れてばかりはいられない。天国のリックに叱られてしまう・・・」
言葉とは裏腹に、アイダの声は震えだし、やがてその目から涙が溢れた。

葬儀が終わってすぐに、ケンはフォース・リーコンの中隊長の下に出向いて、コロンビアの爆撃地に戻るべきだと直訴した。
確認をするまでもなく、全員が死亡しているのが明らかなのは、あの場にいたケンが誰よりも知っている。遺体の回収が不可能なのも、ホーネットがジャングル一面を火の海に変えた爆撃を目撃したケン自身が分かっている。
それでも国家や軍が、自国の兵士を敵地に置き去りにせずに、故国に帰すべく全力を尽くすことが重要なのだ。その姿勢を見ればこそ、兵士もまた安心して任務に全力を尽くし、国の期待に応えようとするのだから。
だが、ケンのそんな熱意を持ってしても、中隊長は「俺にそれを決める権限はない」の一点張りだった。これでは埒が明かないと理解したケンは、大隊長のもとに向かった。
だが「アメリカがコロンビアに再び兵力を送り込む理由としては、戦死者の確認だけでは不十分」との慈悲もない言葉が帰ってきた。
そもそも今回の作戦自体が公式的にはコロンビア軍による軍事行動であり、米軍は一切関与していないのが建前である。そのため、米軍がコロンビアのジャングルで展開するには何か別の、しかもそれ相応の理由がなければ不可能なのだ。
次第に敗北感が色濃くなる中、それでもケンは、文句はもっと上の連中に言ってみろというデルタ隊員の言葉に後押しされて、越権行為を承知で第1海兵師団の師団長である少将に掛け合おうとした。
だが、会うことさえ叶わなかった。
切実な思いに突き動かされたケンの行動は徒労に終わり、やがて周囲からはそうしたケンを煙たがる連中も出始めた。
ケンは、これまでわが家のように感じていた海兵隊という組織の中で、初めて疎外感を味わった。そして米軍、さらにはその親玉であるアメリカという国に対し大きな失望を感じた。