そして個人の力を超越する宿命に対して、どう戦ったらいいのか、何を武器に使えばいいのか見当もつかない。
自分は銃器の扱いに長け、武道もたしなむ兵士だが、人が生きる上で本当に必要なサバイバル技術を習得してこなかった。そのことに気がついた瞬間、人生を賭けてきた妹尾の挑戦が終わりを告げた。

間もなくして、妹尾はフランス外人部隊を去ることにした。中隊長は留まるように説得工作を試みた。周りの隊員たちもそれぞれのやり方で、妹尾を思い留まらせようとした。だが目標を失い、軍人でいることに意味を見出せなくなった妹尾の空虚な心に響く言葉はなく、除隊の決意を覆すことはできなかった。
ただ一人、よき友であり射撃の師匠になってくれた若きドイツ人ユーリ・クラウゼと交わした会話だけは記憶に残っている。
「セナ、辞めるんだってね」
「ああ、辞める」
「俺もあと少しで五年だ。任期が満了したら除隊するよ」
「え、そうなの?どうして」
「初めからそのつもりでここに来たんだ。ドイツに戻って自分で会社を始めようと思ってる」
「へぇ。そうなんだ。すごいね。何の会社?」
「民間の軍事会社」
「え、何それ。銃のメーカーか何か?」
「違う違う。軍隊経験のある一流の元兵士と契約を結んで、彼らを世界中の紛争地帯に派遣するエージェントみたいな会社」
「軍隊でもないのに、そんなことできるの」
「今の法律だと難しいかもしれない。でもね、別に軍事作戦に参加するってわけじゃないんだ。危険な地域で営業する会社の警備とか、そこで働く社員の護衛とか、そういったことなら顧客は民間企業だし、問題ないはずさ」

この時は、ずいぶん突飛なことを考える若者だなと、妹尾は話半分に聞いていたが、ユーリのアイデアはまさに先見の明だった。
九十年代に入るとアメリカでも、元海軍特殊部隊の隊員が創設した最大手ブラックウォーター社をはじめ、多数の民間軍事企業が設立される。彼らの契約先は民間企業のみに留まらず、国防省もそのひとつである。国はこうした企業にライセンスを与えるかたちで、やがて数々の軍事作戦に参加させるようになる。
また軍隊の訓練のために他国に雇われることも少なくない。高いスキルを持つ特殊部隊の隊員には、好待遇が約束されているため、軍を除隊してこうした企業と契約する隊員が後を絶たず、これは大きな問題となった。軍にしてみれば、巨額の費用を投資して技術を叩き込み、一流の兵士に育て上げたと思った途端に除隊されるのだからたまったものではない。
二十一世紀に入るとイラク、アフガニスタンなどの中東紛争地に、民間軍事企業から多数の社員=傭兵が派遣され、市場規模は拡大の一途を辿ってゆく。その過程で、社員=傭兵の、戦地における犯罪紛いの蛮行が問題視されるようになる。こうした様々な問題をはらみながらも、民間軍事産業が、今もなお紛争の絶えない世界における巨大マーケットであることは疑問の余地がない。

「なるほど、いいアイデアだね。成功を祈ってるよ」
「うん、ありがとう。まぁ、セナもしばらくはゆっくりしてさ、またやる気が出たらドイツに俺を訪ねてよ」
ユーリは妹尾にメモ紙を渡した。そこには西ドイツの首都ボンの近郊にあるユーリの実家の住所が記されていた。