彼の目が驚きの色を帯びたのは一瞬で、すぐ嫌悪を示すような眼差しに変わった。

「まさか、分家? でもお前みたいな奴、見たことないけど」

「分家?」

「ああ、どっかの愛人の娘とか? 最近、認知されたのか」

「な、何の話ですか?」

自己紹介とは程遠いはずの言葉が並べられて首を傾げる。
両親は他界していて本人たちに聞くことはできないけれど、私がどこかの分家の者だとも、愛人の娘だとも聞いたことはない。

「可哀想に。こんな家の人間になるなんて」

「え?」

同情するような言葉。けれど込められた感情は嘲笑だった。
いったい何のことだか少しもわからない。
けれど彼のどこか冷えた視線に、心がざわつくのを感じた。

「あの、分家とか愛人の娘とか……もしかしたら私のこと誰かと勘違いしてませんか?」

「わかってねーのは、お前だろ?」

「どういうことですか?」

「あとは警察と話して」

「え!?」

いきなり出てきた物騒な言葉に驚いていると、男の子がスマホを取り出す。
『110』と打とうとする姿が見えて、サーッと顔が青ざめていくのがわかる。

「ど、どうして警察なんて……!」

「住居不法侵入」

「ええええ!? それはちょっと、待って、ご勘弁をっ!」

一瞬で頭の中に手錠をはめられて記者に囲まれる自分の姿が過ぎ去っていく。
そして冷たい牢獄の中に1人――

「はいはーい。いじめないであげてね、樹生さん」

「……え?」

涼やかな声に、妄想が終わりを告げる。
振り返ると、黒いスーツを着た20代くらいの男性が経っていた。