「おブスちゃん、何してんの?」
「な、殴るのはだめ」
「どうして?」
「痛いから。樹生くんも、渚くんの手も」
「俺の手? 変なこと言うね。確かに無痛ではないけど、人を殴る痛みってね……」
渚くんは口元を歪めて、私の耳元へと唇を寄せる。
「きもちいーんだよ」
「っ……」
囁くように落とされた声に、小さく震える。
「ははっ、ははは」
「な、にが、おかしいの」
「ぜーんぶ」
恐怖で震えた私の声にも楽しそうに返事をして、渚くんは私たちに背を向けた。
その瞬間、その場にへたり込んでしまう。
(こわ、かった……)
人に対して、こんな感情を抱いたのは初めてだった。
意地悪だけど、きっと渚くんにも優しいところがあるって思ってた。
そんな思いが揺らいでしまいそうなほど、渚くんの冷え切った声が鼓膜にこびりついている。
「っう」
「樹生くん!」
小さく聞こえた呻き声に、震える足に力を入れて駆け寄る。
けれど、触れようとした手は、あの日のように振り払われてしまった。
「俺に、構うな……」
「そんなのできないよっ! せめて保健室に」
「黙れ」
「そうやって怖がらせようとしたって駄目だから。こんな状態で、放っておけな――」
壁に手を当てながら、ゆらりと樹生くんが立ち上がる。
支えようと伸ばした手を、今度は捕まれた。