「樹里先生」
後輩研修医の千帆先生に呼ばれて顔を上げた。
あっち。と病棟センター前を指さす。

そこには、梨華がいた。

「何、どうしたの?」
その場から声をかけた私に、
クイッ クイッ
と手招きする。
ったく。

病棟センターを出たところで、私は梨華に腕を掴まれた。

「何なのよっ」
引きずられるように物陰に連れて行かれ、つい声を荒げてしまった。

「お姉ちゃん。お願い」
両手を合わせた梨華が、私を拝む。
はあー。
またですか?

「今度は何?」
呆れた顔で、妹を見た。
「ちょっと洋服を買い過ぎちゃって。3万でいいから貸して」
言いながら、お願いポーズは続いている。

2ヶ月に1度はお金を借りに来る梨華。
よくないとは思いながら、つい貸してしまう私。
とはいえ返ってきたことはない。

「はい。3万」
財布からお金を出し、渡した。

先日、母さんの病室であんなにひどい事を言われたばかりなのに、またお金を渡してしまう私は本当にバカだと思う。
断わってしまえばいいんだと思うけれど、それができない。
生物学的な意味での家族がいない私は、仮にも家族と呼べる存在が愛おしい。
多少わがままでも、私にとっては大切な妹だから。
つい負けてしまう。

「ありがとうお姉ちゃん。大好き」
ギュッと、私にハグしてから梨華は走って行った。
あーあ。またやってしまった。

「何でも言うことをきくのが優しさではないと思うけれどね」
と、たまたま近くを通りかかった渚。

そんなことは分かっている。
私にとっても、梨華にとってもいいことではない。
でも、
「関係ないでしょう。放っておいて」
憎まれ口を叩き、私は仕事に戻った。