勤務途中で戻された救急病棟。
何でこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。と、ブツブツ言いながら、私は病棟センターに入った。

「樹里先生。大丈夫ですか?」
1年後輩の千帆先生が寄ってくる。

「ちょっと風邪気味で・・・本当に、ごめんね」
きっと私のヘリ担当を変わってくれることになる彼女に、手を合わせてしまった。
「いいえ、大丈夫ですよ。今日は私がヘリに乗りますから、気にしないでゆっくり休んでください」
元気に笑ってくれる。
「ごめん」としか言葉が出ない。

しかし、申し訳ないと思う気持ちで一杯なのに頭痛も相変わらずで熱っぽさまで感じだした。
本来なら風邪薬でも飲みたいところだけど、私は簡単には飲めない。
薬やアルコールに過剰に反応する体質が、それをさせてくれない。
ああ、面倒くさい。


昼になっても、体調は悪化するばかり。
ご飯は食べられないし、急に立ち上がると目眩までする。
「樹里先生。本当に悪そうだよ」
先輩ドクター達まで声をかける。

でも、大丈夫。
学生の頃から何度も経験している。

しかし、こんな日に限って・・・
病棟の急変が続いてバタバタしていて、ナースコールも鳴り止むことがない。
はあー。
思わず息を着いたとき、
「樹里先生、お願いします」
看護師に呼ばれ、走り出した。

次の瞬間。
ガチャンッ。
近くのカートにつまずき、私は床に膝をついた。

「本当に大丈夫ですか?」
看護師達が駆け寄り、みんなの視線が集中する。

「竹浦先生。具合が悪いなら帰ってください。仕事を増やされても困るんだ」
冷たい言葉。
その場にいたみんなが、黙り込んだ。

声の主は、高橋渚(タカハシ ナギサ)。
研修医時代からの同期で、私と同い年の26歳。
綺麗な名前や端整な顔立ちとは対照的に、誰にでも冷静で冷たい態度からアイスマンと呼ばれている。
噂では、アイスマンに睨まれると凍りついてしまうとか・・・馬鹿らしい。

しかし、今日のアイスマンはかなりご機嫌が悪いようで、
「もういいから、帰って」
そう言うと、私が手に持っていた点滴キット入りのトレイを奪った。
立ち尽くす私。

「樹里先生、今日はもういいから。帰りなさい」
とうとう部長まで出てきた。

結局、私は早退することになった。
遠く方から、先輩ドクター達の冷ややかな視線。
いくら院長の娘でも、先輩達は怖い。
ただでさえ注目されているのに、これでまた噂の的になることだろう。
はあー。
大きく息を吐いて肩を落とした私は、白衣を脱ぎ病棟を後にした。