30分ほどでほぼ県内を横断し、ヘリは病院へ到着。

「お疲れ様」
聞き慣れた声。
「お疲れ様です」
脳外科医である私の兄、大樹がテキパキと検査を進める。

「どお?」
「うーん。CT撮ってみないと分からないけれど、オペになりそうだな」
やっぱり。

「ところで、樹里亜。お前、顔色が悪いぞ」
ヤバッ。
何があったんだと、目が尋ねている。

「そんなことないわよ」
誤魔化そうとしたけれど、大樹には通用しそうにない。

困ったな。
と思っていると、
ん?
急に額に手を当てられた。
咄嗟に逃げようとしたけれど、捕まってしまい、

「熱あるよ」
「ないわよ」
「今日のヘリは交代しろ」
有無を言わせない強い口調。
「イヤよ。余計な事言わないで」
ふて腐れて言い返した。

「おいおい兄弟喧嘩か?」
通りすがりの救急部長がからかうけれど、
元を正せば、全く酒が飲めず、少しのアルコールでも過剰反応してしまう私に、昨日の夜お酒を飲ませたのはあなたです。
本当に恨めしい。

「もしもし、脳外の竹浦ですけど」
PHSで大樹が電話をかけている。
その相手が救命の先輩ドクターだとすぐに分かった。
慌て手を伸ばしPHSを奪おうとしたけれど、
身長180センチ越の大樹と150そこそこの私では結果は見えている。

「交代が来るから。今日は病棟で勤務しろ」
「イヤよ」
即答した。
大体、何で脳外科のドクターにそこまで言われなくてはならないんだろう。
おかしいわよ。

「絶対にイヤ」
言い切った。
しかし、
「何なら、このまま実家に連れて帰ろうか?」
冷たい表情で言われ、私は黙り込んだ。

これは大樹が怒っているときの顔。
これ以上言えば、本当に実家に送り帰されてしまう。
仕方なく、私は救急外来を後にして病棟へ向かった。


竹浦大樹は、私の4歳年上の兄。
そして、ここ竹浦総合病院の跡取り息子。
脳外科医としての腕もさることながら、その優しい物腰から王子と呼ばれている。
女性にもかなりモテるらしい。

しかし、先ほどの流れからも分かるように、私にとっては超過保護な兄。
ただ優しいだけではなくて、一旦言い出したら聞かないところが、面倒くさいことこの上ない。