マンションに帰ると、渚が起きていた。

「ただいま」
「お帰り」
その先の会話が続かない。

原因は今日の患者のことと分かっている。
でも、何も言わない。
私たちは暮らし始めてからいくつかの約束をした。
その一つが、仕事を家に持ち込まないこと。
病院で何があっても、家では口にしない。
それが、同業者同士の同棲を長続きさせるコツだと信じている。

「食事は?」
「大樹とすませて来た」
「ふーん」
渚はなんだか不機嫌そう。

「お兄さん。ずいぶん遅くまで残っていたんだね」
「うん。私を心配してくれていたのよ」
「心配ねえ」

フフ。
思わず笑ってしまった。

「なんだよ」
「何でもない」

渚が大樹のことをお兄さんって呼ぶのはヤキモチを焼いているとき。
そして、そんな渚がとてもかわいい。

「渚、大好きだよ」
私は後ろからギューッと、抱きついた。