マンションに帰り、リビングのソファーに座りながら、
「あの、名前を教えていただけますか?」
その時まで、私は彼の名前すら知らなかった。

「高橋渚です。千葉大学の医学部を今年卒業した24歳。この春から竹浦総合病院で研修医1年目です」
まるで職場の自己紹介みたい。
「私は、」
「知ってます」
自己紹介しようとして、渚に遮られた。
「竹浦総合病院のお嬢さん。有名ですよ」
何か、嫌な感じ。
泊めてあげようとしているのに、怒っている見たいで・・・気分悪い。

「何か怒ってます?」
思わず訊いてしまった。

「お嬢さんは、いつも」
「お嬢さんはやめてください。樹里亜です」
「ああ。樹里亜さんはいつもこんな風に簡単に人をあげるんですか?」
はああ?
「それは、あなたが困っているようだったから」
「困っている人はみんな泊めるんですか?」
淡々と話してはいるが・・・何か、むかつく。

「嫌なら出て行ってください。私はただ、500円の責任も感じたし、同じ職場の同期だし、それに・・・兄と喧嘩して落ち込んでいたし。出来れば1人になりたくなかっただけです。でも、確かに軽率な行動だったかも知れません。どうぞ、出て行ってください」
さあどうぞと、立ち上がり玄関を示した。

渚はしばらく黙っていた。

「言い方が悪くてすみません。僕の言葉は誤解されやすいようで、今後は気をつけます。ただ、若い女性がほぼ初対面の男を家に上げるのはよくありません。まあ、今の話の流れから行くと、僕は男性にはカウントされてないようですが」
確かに、この時の私は渚を男としては見ていなかった。

「もう今日は遅いので、泊まってください。これ以上ゴチャゴチャ言うと、私が出て行きますから」
悔しさ紛れに訳の分からないことを言ってしまった。
「意味が分からない・・・」
など言いながら、
結局、渚はリビングのソファーに泊まっていった。