「古田センセーって変わってるよね」
「え? なんで?」

 センセーが不思議そうに私を見る。チラリと時計を見て、ホームルームが始まるまでまだ時間があると確認した。わたしはセンセーの机の横に用意されたパイプ椅子に遠慮なく座る。
 誰のために用意されたものなのかは知らない。初めてここに来た時からそれは存在してたから。

「だって、センセーは私がこんな格好してても怒らないじゃん」
「怒る理由がないからなあ」
「校則破ってるのに?」
「まあ、ある程度ルールは守ってほしいけどね」
「それは建前でしょ」
「はは、セーカイ。本音は好きなことすればいいと思ってるよ」

 そんな教師失格のような言葉を言いのけながら、ひとさし指をそっと自分の唇にあてて「内緒ね」と笑う。
 高校三年生にもなって、古田センセーが副担でもなくなって。完全に私とセンセーの繋がりなんて何もなくなってしまったのに、こうやって時々ヤマちゃんから逃げる私をかくまってくれるセンセーはすごく偉大だ。それに、私のどうでもいい話に、いつもこうやってちゃんと耳を傾けてくれる。

「センセー、実はさ。……進路希望調査、まだ書けてないんだ、わたし」
「へえ」
「へえって……」
「でも春山、成績悪くないだろ?」
「まあ悪くはないよ。でも、みんなみたいに夢もないし、やりたいこともないし、結局こんな風に見た目だけなりたい自分に慣れても、中身が空っぽなんだ、わたし」
「じゃあ戻るの? 前の春山に」
「それは……戻らない」
「はは、うん、春山はそれでいいんじゃない?」
「何それ」
「変わらないでいてよ、今のままで」

 変わらないでいてよ、なんて。
 変わっていい、とわたしの背中を押したのはセンセーなのに。
 泣きそうな顔をしていた。いつも余裕そうに笑っているセンセーの表情があまりにも切なそうで、わたしの心臓が脈だつ。
 ううん、きっと泣いていたのかもしれない。センセーの心が、泣いている気がしたんだ。

「そろそろホームルーム始まるんじゃない? 春山」

 センセーがそう言った瞬間、表情はいつもの余裕そうな笑顔に戻る。時計を確認するとたしかにそろそろホームルームが始まる時間だった。教室に戻らなければ遅刻扱いになってしまう。
 はーい、なんてわざと明るい返事をして、ゆっくり席を立つ。そのまま社会科資料室を出たけれど、センセーからはそれ以上言葉をもらえることはなかった。

 本当は知ってる。だけど知らないふりをしている。センセーの机の上に飾られた、清楚で綺麗な女の人の写真のこと。