当時真面目を絵に描いたような生徒だった私は、センセーに呼び出されたことがとにかく怖かった。その日の放課後、恐る恐る社会科準備室の扉を開けると、古田センセーは『あの雑誌、お気に入り?』と単刀直入に聞いてきた。

『すいません、授業中に読んでて、反省してます……』
『はは、反省? なんで?』

 本当に不思議そうに『なんで?』と問いかけてきた古田センセーに私は拍子抜けしてしまった。なんで、って。授業中に余所事をしていたんだから、怒られるに決まっていると思ったのだ。

『怒ってる、んですよね?』
『あれ、怒ってるなんて言った?』
『いや、言ってないですけど……』

 センセーが怒っていないのなら、どうしてこんなところに呼び出したのか甚だ疑問だった。その頃はまだ、身だしなみ検査で引っかかったことも、テストで赤点を取ったこともなかったからだ。

『あの雑誌の何が好きなの、春山』
『えっ……』

 古田センセーは私のクラスの副担任だ。年齢は二十代前半、見た目もそれ相応。現代社会の授業と、たまに担任がいない時のホームルームで顔を合わせるくらい。個人的に話したことは一度もなかった。

『ほら、この間進路希望調査出したろ』
『ああ……』
『白紙で出したの、春山だけだったよ』

 また高校二年生だというのに、今のうちから卒業後の進路を考えろだなんて馬鹿げてる。そう思って書かなかった─────いや、書けなかった進路希望調査を、担任だけでなく副担任の古田センセーまで見ているなんて知らなかった。

『すいません……』
『いや、別に責めてないよ。それに、無理に書くものじゃないからね』
『そうですけど……』
『それより、あの雑誌の、何がそんなに好きだったの、春山』

 そこに話が戻るとは思ってもいなくて、私はびっくりしてしまう。だってそんなこと、古田センセーにはどうだっていいはずなのに。

『……髪色綺麗だなあ、って。好きなお洒落をして、メイクをして、髪を染めて……綺麗だなあって、単純にそう思ったから……』
『ああ、春山は髪、染めてないもんな』

 こくりと頷く。うちの学校は年に数回身だしなみ検査があって、その度に髪を染めてないか、メイクをしていないか、ピアスの穴を開けていないかチェックされる。馬鹿みたいに、みんな同じように列に並んで。
 それでも、先生の目を盗んで髪を染めている子は少数だけど確かにいる。身だしなみ検査の時だけ黒スプレーをして、普段は他の人よりも茶色い髪を弄びながら。

『生き方は人それぞれだぞ、春山』
『どういう意味ですか?』
『綺麗だと思うなら、真似してみればいい』
『えっ……でもそしたら、校則に引っかかります』
『決められたルールを守ることだけが正解とは、先生は思わないな』