◇
「ちょっと……」
社会科資料室についた途端、大きな音をたてて扉を閉めたのと同時に、センセーは私の手を離した。思わず口から出たのは嫌そうな低い声。自分でもかわいくないなあと思ってしまう。
センセーがあの場から私をここへ連れてきてくれたこと、本当はすごくうれしいのに。
「随分嫌そうだなあ、せっかく救ってあげたのに」
「いや、そんなことないけど……」
「山下先生に怒られる前に、俺から指導しないとな」
「え、指導……するの?」
当たり前だと言わんばかりに、センセーは私をいつものパイプ椅子へと手招いた。このまま逃してくれる気はさらさらないらしい。
「俺はね、正直生徒の身だしなみとかこの学校のルールとか心底どうでもいいと思ってる」
「……知ってる」
向かい合って座った先、センセーは苦笑いしながら「そっか」と視線をそらす。
「でもな、社会に出たら必ず理不尽なルールや好奇な目に晒されることなんて当たり前の話なんだよ、春山」
「そんなの……」
「人と違うっていうのは個性にもなるけど、言い方を変えれば協調性がないってこと。それをよく思わない奴っていうのは必ずいる」
でも。センセー、あんただけは、私が変わること、背中を押してくれた。今の私のままでいいって言ってくれた。
それはウソだった? 全部、私を喜ばせるために言ってたの?
「……あんただけは、味方でいてくれるって、思ってた」
「いつでも味方だよ、でもずっとじゃない」
「ずっとじゃないって、何?」
「例えば春山が卒業して、俺や山下先生の手を離れたら、もう守ってやることは出来ないんだよ」
「そんなの、守ってくれなくたって、1人で生きていける」
「1人で生きていけると思ってる人間がいちばん弱いんだよ。誰かに頼ることを知らない」
「なにそれ……矛盾してるよ」
唇がふるえた。
1年前、自分の世界を変えたのはセンセーなのに。色のない毎日を、光のない日常を、抜け出せたと思っていたのに。
気づけばまた私は暗いトンネルの中にいたの?
みんなが未来に向かって歩いているのを、いつもいつも後ろから追いかけてる。笑って、頷いて、適当にやり過ごして。
けれど本当は知ってたんだ、私なんて置いてけぼりで、この世界は変わっていくこと。永遠なんて存在しないこと。
本当はずっとわかってたんだよ。
でもね、センセー、変わらないでと言ったのはあんただったよ。変わっていいと背中を押したのは、あんただったよ。
「……俺ね、双子の妹がいるんだ」