「会い、たかった」

「うん、俺もだよ」

「もう、駄目かと、思った。会えない、かもしれないって」

「うん」

「でも……信じてた。ずっと、ま、待ってたんだよ」

「うん。ありがとう、ほのか」

 答える度に彼の腕に力が込められる。嗚咽混じりに訴えかける私を、穂高は余計なことはなにも言わず、ただ受け止めてくれた。

 大きな手で頭を撫でられ、私の気持ちは次第に落ち着きを取り戻していく。彼のシャツを涙で濡らしたところで軽く身動ぎし顔を上げた。

「ねぇ、穂高は――」

 続けようとした言葉は声にならない。彼が唇を重ねてきたからだ。驚きのあまり私は目も閉じられなかった。動揺するまもなく唇が離れ、穂高は至近距離で尋ねてきた。

「取っておいた言葉を今、伝えてもいいかな?」

 真面目な顔で聞かれ、私は目を大きく見開く。続けて口元を緩めて笑った。

「今、伝えなかったらいつ伝えてくれるの? 私、ずっと待ってたんだからね」

 私の切り返しに穂高も目をぱちくりとさせると、すぐに顔を綻ばせた。慈しむように頬を撫でられ、彼の唇が耳元に寄せられる。

「――――」

 言い終えると同時に、穂高は再び私を自分の腕の中に閉じ込める。私は彼の言葉をしっかりと噛みしめた。

「詳しくは話せないけれど、実験段階だった軌道エレベーターとスペースコロニーの実用化を進めているんだ。帰れないのを覚悟して何人もが先に宇宙に旅立った。それでも安全性や実用化を考えたら、確率は――」

 反射的に私は彼の唇にそっと指先を添えた。目を丸くする穂高に微笑む。続きはいらない。

「もう確率はいいよ。未来は誰にもわからないんだから」

 今この瞬間に、穂高が生きて私のそばにいるならそれだけで十分だ。彼の唇から指を離すと穂高は整った顔を歪め小声で続けた。

「本当は、俺も行くべきだった。いくつかの実験に協力したけれど、帰って来られないとわかっているからこそ、最後は俺みたいなのが宇宙に……」

 そこで風が凪いだ。波の音さえも消えて沈黙と静寂が降ってくる。ややあって口火を切ったのは穂高だ。

「でも、約束しただろ、ほのかのところに帰ってくるって。本当は俺も生きたかった。大勢のためじゃなくて、自分やほのかのために命を懸けていきたい」

 私はぐっと唇を噛みしめる。穂高の誓いにも似た決意を涙で邪魔したくなかったから。その代わり瞬きもせず彼をじっと見つめた。

「たった一人でも望んでくれるなら、生きている意味も価値もある。ほのかが気づかせてくれたから」

 それは私の台詞だ。大勢に認められなくても、なにか特別に秀でていなくても、出会えたあなたがいたから。

 穂高は相好を崩し、いつもの屈託のない笑顔を見せた。

「惹かれていったんだ。ほのかに会って、実際に話してみて、一緒に過ごすうちに。他人との関係に悩みながらも、人のことを放っておけなくて、お節介で。本当は誰よりも素直で優しいところに俺もたくさん救われた」

「惹かれたのは……救われたのは、私も同じだよ」

 涙混じりの声で返す。

 この期に及んでも、私はあなたのために生まれてきたんだって言えるほどの自信が私には持てない。こうやって私はこれからも自分の弱さに迷うし、悩むんだと思う。

 けれど、私はもう生きるのを諦めたりはしない。

 ふと視線を上に向ければ、彼の背中越しに月が見えた。青空にぽっかりと浮かぶのは、今までに見た中で一番大きく存在を主張する白い月だった。

 ああ、綺麗だな。

 歪に欠けた月を見て、初めてそんなふうに思えた。

 終わるかもしれないからじゃない。そのために私たちは再会したわけじゃない。ただ、今を一緒に生きるならあなたがいい。それだけ。

 私のわがままだってわかってる。でも彼をクドリャフカにさせるわけにはいかないの。多くの人の星にはなれなくても、私と一緒に生きてほしい。

 ごめんね、ちゃんと覚えておくから。バイバイまたね、クドリャフカ。

 大切な人の顔をひとりずつ思い浮かべ、そして今、一番大事な人がそばにいる現実を噛みしめる。

 潮風がゆるやかにそよぎ、すぐそばにある波の音がどこか遠くに聞こえる。まるで今の私の心を表すかのように穏やかだ。

 私、幸せだ。

 伝わってくる穂高の温もりに身を委ねて、私は静かに目を閉じた。

Fin.