「……そういえば、どうして俺が現国が苦手だって嘘ついたのかって話してなかったな」
ふと彼が今思い出したと言わんばかりの口調でいきなり告げてきた。
気になっていたことでもあったので私はぴくりと反応し、ゆるゆると顔を上げる。すると穂高はそっと私の頬に触れた。
「話してみたくなったんだ。俺の外見や生い立ちとかそんなの関係なく、話したことがないからわからないって素直に言ってくれたほのかと」
穂高の言い回しに、女子たちの間で彼の話題があがったときの記憶が蘇った。
『じゃぁ、ほのかは安曇くんをどう思う?』
『わからない。話したこともないから』
あのやりとりを穂高は言ってるのかな? 聞いていたの?
まさかのきっかけに戸惑いが隠せない。穂高はおかしそうに私の頭を撫でながら聞いてきた。
「で、話してみてどうだった?」
「それは……」
どういう感想を述べればいいのかわからない。さらに自分の彼に対する気持ちは、さっき勢い余って告白したばかりだった。
顔が一瞬で熱くなり、誤魔化すように質問で返す。
「穂高こそ、そんな理由で私に話しかけて実際どうだったの?」
「ここまで態度で示しているのに伝わらない?」
彼の切り返しに私は顔をしかめる。ずるい、私はちゃんと伝えたのに。
「なにそれ。態度じゃなくて言葉にして伝えてよ」
「伝えたら、決意が鈍る」
わずかに穂高の声のトーンが落ち、私の心も揺れた。けれど、すぐに彼は調子を取り戻す。
「でも、やっぱり俺たちの出会いは運命だったんだと思う。実はアメリカに行く前に、ほのかに会いに行くかどうか迷ったんだ。ただ会ってどうするのかっていう気持ちもあって……。そうしたら、まさかほのかが自分から俺に会いに来てくれるなんて」
そこで一呼吸の忍ばせ、穂高は笑った。
「すごいタイミングで笑ったよ。思わず運命を信じてみたくなったくらいに……嬉しかった、ありがとう」
彼の笑顔に、潜めていた感情が暴走しそうになる。やっぱり彼の決意は変えられないのだと悟った。けれど、これ以上引き止める言葉も見つからない。
自分の想いは十分に伝えた。もう泣くのも責めるのも嫌だ。
ぶっきらぼうに私は返した。
「そんな運命の相手をおいて、アメリカに行くの?」
さすがに宇宙に、とは言えなかった。けれど私のひねくれた問いに彼から素早く返事がある。
「そうだね。でも必ず帰って来る」
さらっと紡がれた言葉に、私は目を丸くする。
「帰って来るから。そのときに今取っておいた言葉を必ずほのかに伝えるから」
穂高は私から目を逸らさずに告げた。瞳の奥には彼の意志の強さが宿っている。
「だから待ってて」
小さく頷き、私はわざとおどけたトーンで返した。
「早くしてね。地球が滅びるときひとりなんて嫌だよ」
「あれ? 地球は助かるんだろ?」
思わぬ切り返しに言葉を失う。その間に、彼は私のおでこに自分の額を重ねた。
「約束する。ほのかをひとりになんてさせない。誓うよ」
彼の茶色がかった目に映る自分の姿を見つける。いつのまにか太陽が姿を現していた。また今日が始まる。
空は青に染まり、波の音が静かに私たちを包み込む。地球ができた頃からこの波はずっと寄せては返してを繰り返してきたのだろうか。
泣きそうになる自分を引き締め、私は声を振り絞って彼にお願いした。
「じゃぁ、わかるようにちゃんとここで誓って」
一瞬の間があり、意味を読み取った穂高の顔が切なそうに歪む。彼の骨ばった左手がおでこを滑り前髪を掻き上げると、そこにキスが落とされる。
柔らかい唇の感触を受け彼を見上げると、今度は彼の手が頬に添えられた。骨ばった手は大きくて温かい。……安心する。
そして、ゆっくりと彼の顔が近づいてきたので静かに目を閉じると唇が重ねられた。
初めてなのに、もうずっと前から、まるでそれが当たり前だったかのようなキスだった。
「またね、ほのか」
穏やかな笑顔と心を落ち着かせる声。しっかり目に焼き付けておきたいのに視界がぼやける。それでも私は笑った。
「うん。バイバイまたね」
こうして穂高は私の前からいなくなった。
ふと彼が今思い出したと言わんばかりの口調でいきなり告げてきた。
気になっていたことでもあったので私はぴくりと反応し、ゆるゆると顔を上げる。すると穂高はそっと私の頬に触れた。
「話してみたくなったんだ。俺の外見や生い立ちとかそんなの関係なく、話したことがないからわからないって素直に言ってくれたほのかと」
穂高の言い回しに、女子たちの間で彼の話題があがったときの記憶が蘇った。
『じゃぁ、ほのかは安曇くんをどう思う?』
『わからない。話したこともないから』
あのやりとりを穂高は言ってるのかな? 聞いていたの?
まさかのきっかけに戸惑いが隠せない。穂高はおかしそうに私の頭を撫でながら聞いてきた。
「で、話してみてどうだった?」
「それは……」
どういう感想を述べればいいのかわからない。さらに自分の彼に対する気持ちは、さっき勢い余って告白したばかりだった。
顔が一瞬で熱くなり、誤魔化すように質問で返す。
「穂高こそ、そんな理由で私に話しかけて実際どうだったの?」
「ここまで態度で示しているのに伝わらない?」
彼の切り返しに私は顔をしかめる。ずるい、私はちゃんと伝えたのに。
「なにそれ。態度じゃなくて言葉にして伝えてよ」
「伝えたら、決意が鈍る」
わずかに穂高の声のトーンが落ち、私の心も揺れた。けれど、すぐに彼は調子を取り戻す。
「でも、やっぱり俺たちの出会いは運命だったんだと思う。実はアメリカに行く前に、ほのかに会いに行くかどうか迷ったんだ。ただ会ってどうするのかっていう気持ちもあって……。そうしたら、まさかほのかが自分から俺に会いに来てくれるなんて」
そこで一呼吸の忍ばせ、穂高は笑った。
「すごいタイミングで笑ったよ。思わず運命を信じてみたくなったくらいに……嬉しかった、ありがとう」
彼の笑顔に、潜めていた感情が暴走しそうになる。やっぱり彼の決意は変えられないのだと悟った。けれど、これ以上引き止める言葉も見つからない。
自分の想いは十分に伝えた。もう泣くのも責めるのも嫌だ。
ぶっきらぼうに私は返した。
「そんな運命の相手をおいて、アメリカに行くの?」
さすがに宇宙に、とは言えなかった。けれど私のひねくれた問いに彼から素早く返事がある。
「そうだね。でも必ず帰って来る」
さらっと紡がれた言葉に、私は目を丸くする。
「帰って来るから。そのときに今取っておいた言葉を必ずほのかに伝えるから」
穂高は私から目を逸らさずに告げた。瞳の奥には彼の意志の強さが宿っている。
「だから待ってて」
小さく頷き、私はわざとおどけたトーンで返した。
「早くしてね。地球が滅びるときひとりなんて嫌だよ」
「あれ? 地球は助かるんだろ?」
思わぬ切り返しに言葉を失う。その間に、彼は私のおでこに自分の額を重ねた。
「約束する。ほのかをひとりになんてさせない。誓うよ」
彼の茶色がかった目に映る自分の姿を見つける。いつのまにか太陽が姿を現していた。また今日が始まる。
空は青に染まり、波の音が静かに私たちを包み込む。地球ができた頃からこの波はずっと寄せては返してを繰り返してきたのだろうか。
泣きそうになる自分を引き締め、私は声を振り絞って彼にお願いした。
「じゃぁ、わかるようにちゃんとここで誓って」
一瞬の間があり、意味を読み取った穂高の顔が切なそうに歪む。彼の骨ばった左手がおでこを滑り前髪を掻き上げると、そこにキスが落とされる。
柔らかい唇の感触を受け彼を見上げると、今度は彼の手が頬に添えられた。骨ばった手は大きくて温かい。……安心する。
そして、ゆっくりと彼の顔が近づいてきたので静かに目を閉じると唇が重ねられた。
初めてなのに、もうずっと前から、まるでそれが当たり前だったかのようなキスだった。
「またね、ほのか」
穏やかな笑顔と心を落ち着かせる声。しっかり目に焼き付けておきたいのに視界がぼやける。それでも私は笑った。
「うん。バイバイまたね」
こうして穂高は私の前からいなくなった。