『自分から生きるのを諦めるなんて、頂いてきた命に示しがつかねぇだろ』

 命の重みを改めて教えてくれた谷口さん。

『そしたら地球が助かるって証明できんだろ?』

 明るくて、でもしっかりと周りを見ている健二くん。

『確率だけ考えても意味ないのよ。未来は誰にもわからない』

 人の心配ばかりで世話焼きの樫野さん。

『ひとりじゃないからここまで生きてこられたんです』

 優しくてお母さんとしての強さもある理恵さん。

『みんな荷台にでも乗り込んで必死で生きようと逃げるんだろ』

 外見も怖くて言葉もストレートだけど根はいい人の宮脇さん。

 みんな抱えているものも事情も違う。でも世界の終わりといわれている世の中で、必死に生きようとしている。

「私、自分の価値がわからなくて、生きている意味が見つけられなくて、ずっと苦しかった。穂高も同じだったんだよね?」

 疑問ではなく確信をもって尋ねる。穂高の瞳がわずかに揺れた。けれど私はブレずにまっすぐ彼を見つめる。

「穂高の考えは立派かもしれない。自分の命を人類の、誰かのために使おうなんて。でもね、私は嫌なの」

 穂高は苦虫を噛み潰したような顔になる。嫌悪というより痛いところを突かれたといった表情だ。そして彼は躊躇いつつ苦しげに言葉を振り絞った。

「……ほのかだって誰かの命で大勢の人が、自分が助かるならイエスって言うかもしれないって言ってただろ」

 馬鹿だよ。口にした穂高自身が傷つくだけなのに、わざと私を責めてみて。そこまでしなくていいんだよ。

「違う」

 私はきっぱりと否定した。

「穂高だから嫌なの。どんなに大勢が救われるんだとしても、たとえ人類が助かるためでも私は穂高を失いたくない」

 大勢のために一人の命を犠牲にするのが是か非かなんて、正直わからない。はっきりとした自分の信念も持てない。

 でも気づいた。私には穂高が必要で、穂高じゃないと駄目なんだって。彼は誰にも代えられない存在なの。

 あまりにも身勝手な私の暴論に、穂高は反論する気さえなくなったらしい。固かった雰囲気がわずかに崩れる。

「すごい。ここにきてほのかがとんでもないわがままを推してきたね」

 論説問題の解答としては間違いなく不可だ。けれど、それでもいい。私は自分なりの答えを見つけた。

「うん。だって私、聖人君子じゃないから」

 いつかの台詞を彼に返す。そして私は口の端を持ち上げなんとか笑顔を作った。

「それに、穂高はまだ諦めてないでしょ?」

 言いきると珍しく穂高が動揺しているのが伝わってくる。そんな彼に私は再度、力強く告げた。

「本当は生きたいって思ってるんでしょ?」

 問いかけというよりは訴えかけだった。自分の考えに迷いはない。思い出したから。

『でも七パーセントの可能性で助かる』

『まだ終わるとは決まってないだろ』

 どんなに私が弱気になって、世界の終わりを考えてしまっても、穂高は絶対に諦めていなかった。気休めでも慰めでもない。強い信念で私をいつも励ましてくれた。

 その気持ちは自分自身に対してもきっと同じだ。

「ほのか、でも俺は……」

「地球は助かる」

 彼の発言を遮って、私は宣言した。声にしたことで耳に届き、言霊のように自分の中に落ちてくる。穂高は虚を衝かれた顔をしていた。

 私は彼に向かって一言一句、言い聞かせるかのごとくはっきりと伝える。

「七パーセントの確率で助かるの。そして穂高の手術も成功して、元気になる。穂高もそう思っているんでしょ?」

 ただ信じる力が弱くなるときだってある。私だってそうだった。その私が、今こんなにも強く可能性を信じられるのは穂高のおかげだ。

 だから、今度は私が彼の力になりたい。

「さっきから、ほのかにしては珍しいな。俺のことをそこまで言い切るんなんて」

 穂高は顔を歪めて笑う。口角は上がっているのに目は泣き出しそうに見えた。

「言い切るよ。だって、わかるの」

「なんで? ほのかにどうしてわかる?」

 父に会いに行く前に、彼と同じようなやり取りをしたのを思い出す。彼はあのときなんて答えた?

 私は言葉を詰まらせる。感情の昂りと共に瞳から涙が零れ落ちた。

「……好きだから」

 唇を震わせ必死に紡いだ言葉は。すぐに波音に掻き消される。彼に届いたのか、届かなかったのか。

 溢れる涙を指先で乱暴に拭って、彼の目をまっすぐに見つめた。

「穂高が好きだから。だからお願い……私と一緒に生きてよ」

 言葉尻を弱くし、最後は涙で声にならない。ちゃんと伝えたいのに。

「っ、大勢の、人のために、命を懸けるより……私と生きて。私……」

 涙を止めようと躍起になっていると、正面から抱きしめられた。

「ありがとう、ほのか」

 耳元で囁かれた声は、いつもの彼らしく穏やかで優しい。でも、その意味をどう受け取っていいのかわからない。

「ありがとう」

 彼の言葉は普段は固く閉じている私の涙腺をあっさりと緩ませてしまう魔法が込められている。もう涙を我慢するのをやめて、私は彼の胸に顔を押し付けて素直に泣いた。