帰りも軽トラの荷台に乗り込む。行きと違って下り坂な分、タイヤが跳ねる衝撃が強く、その度に振動が伝わってきて私たちも揺れた。

 穂高は私を支えるために隣に座るよう指示すると、腕を伸ばして体を密着させた。長い一日で、疲労が滲みお互いどうしたって言葉数が少ない。

 でも疲れのせいだけかな。車酔いとはまた違った、吐き気にも似たぐるぐると中からかき混ぜられる様な気持ち悪さがどうしても続く。

 この言いしれない不安はどこから来るの?

 結局、私の質問の答えにも、穂高が突然話しだした内容についても、すべてが中途半端のままだ。

 軽トラは樫野さんの家、自宅兼助産院の前で止まった。谷口商店のわりとすぐ近くで、一軒家にしては大きくて新しい。車の音を聞きつけてか、中から人が現れる。

「おかえりなさい、ほのかちゃん、穂高くん。星は見えた?」

 迎えてくれたのは家の主ではなく理恵さんだ。続けて樫野さんもやって来た。

「ふたりとももう遅いし、うちに泊まっていきなさい。石津さんも体調が万全じゃないのもあって、泊まっていってもらうようにしているから手間じゃないわ」

「すみません、よろしくお願いします」

 私たちはまだ未成年で、ここは大人の好意に素直に甘えよう。少し前なら遠慮したかもしれないけれど、今はすんなりと頼れる。

 お父さんにも心配をかけてしまうし。

「宮脇さん、明日はよろしくお願いします」

 理恵さんは宮脇さんに向かって腰をきっちりと曲げて深々と頭を下げた。私たちの出迎えというより、彼に挨拶したかったのかも。

 宮脇さんはぶいっと顔を背けぶっきらぼうに告げた。

「いいから、横になっとけ。明日は九時過ぎに来るからな」

「はい」

 そこで宮脇さんの視線が穂高に移る。

「おい、そっちは女ばっかりだから、気を使うならこっちに来いって谷口さんが言ってたぞ。部屋は余ってるらしいからな。健二も喜ぶだろうし」

 宮脇さんの提案に穂高は困ったように頬を描いた。

「お気遣いありがとうございます。でも、俺はほのかと一緒でいいです」

「あらあら。でも部屋は別よ」

「わかってますよ」

 樫野さんのからかうようなツッコミを穂高はさらっと返す。深い意味はないはずなのに私はなんだか恥ずかしくなった。

 改めてお礼と挨拶をすると、宮脇さんは谷口さんのところに戻っていく。というわけで私たちは樫野さんのお宅で泊まることになった。

 まずはシャワーを借りて、一日の汗を流してさっぱりする。簡易な浴衣のようなものを着替えとして用意してもらったので、パジャマ代わりにしようと袖を通した。

 こうして世界が終わりそうでも、誰かのおかげで水道や電気、ガスは使えるんだから有難いな。顔も知らない誰かに支えられて、私たちは生きている。

 皮肉にも世界が終わりそうになって、当たり前が当たり前じゃないんだって気づかされた。

 髪をさっと乾かし、いつもは二階に上がっていくところを、今日はバリアフリーの廊下をまっすぐに歩いていく。極力足音を立てないように。どこか旅行に来たかのような感覚だ。

 部屋を案内されて気づいたのだが、私の部屋はどうやら穂高の隣の部屋らしい。

 理恵さんは万が一を考慮して、樫野さんの自室近くの部屋を宛がわれていると聞いている。

 部屋に入ってドアを閉め、私は壁際のベッドに横になった。

 べつになにもないし変に意識することでもない。とはいえ妙に緊張してしまうのも事実だ。疲れているのに目が冴えてしまう。

 わりとどこでも眠れる太い神経の持ち主だと思っていたけれど、その認識は改めた方がよさそうだ。

 そもそも月が地球に落ちてくると聞いてから熟睡なんてしたことあったかな。浅い眠りを繰り返してばかりな気がする。

 意識すると眠気はさらに遠のく。まだ少し湿っぽさを残す髪が頬にかかり、私は静かに息を吐いた。

 穂高は今、なにを考えているんだろう。疲れているからもう寝ちゃったかな?

 あれこれ悩んだ末、私はがばりと身を起こして立ち上がった。そっと部屋を抜け出し忍び足で隣の部屋のドアまで近づく。

 わずかに廊下の軋む音に肩を震わせ、息をひそめた。耳鳴りがするほど静かで自分の鼓動音がやけに煩い。

 肌にまとわりつく空気はべたっとして不快だ。でも私はしばらく穂高の部屋の前で葛藤した。

 どうしよう。これといった用事があるわけでもないし……迷惑かな。夜中に異性の部屋を訪れるなんて、顰蹙ものだ。今までの私なら考えられない。性格的にも、常識的にも。

 でも、もうこんな機会、二度とない。

 決意して軽くドアをノックしようとする。その寸前、中からドンっとなにかがぶつかるような低い音が聞こえた。

 躊躇いなんて吹っ飛び、私は後先考えず部屋の中に踏み込んだ。

「穂高!?」

 暗い部屋の中で目にしたのは、ベッドで上半身を起こし苦しそうに胸元を押さえている穂高の姿だった。私はすぐさま彼の元に駆け寄り、腰を下ろす。

「どうしたの? 大丈夫!?」

 穂高は突然現れた私にちらりと視線を寄越したが、なにも答えない。苦痛に耐えるように顔を歪め、息を荒くしている。

 どう見ても調子が悪そうなのは明白で、放っておいてよさそうなものでもない。

 不安で心臓が一気に早鐘を打ちだす。どうすればいいのかパニックを起こしそうになったが、この家にはお医者さんがいるのを思い出し、私は立ちあがった。