「お父さんとは話せた?」

「うん」

 穂高は律儀にも派出所前から少し歩いた角で、私と別れたところで待っていてくれた。泣いたおかげで私の瞼はまだ腫れている。なので、この顔で彼に会うかどうか悩んだけれど、もう諦めた。

 私はぽつぽつと父と話した内容を穂高に伝える。

「お父さん、前より少しは家に帰ってきてくれるって」

「そっか。それはよかった」

 穂高は、まるですべてを見越していたかのように満足気な顔をしている。私は素直にお礼を告げた。

「ありがとう、穂高のおかげだよ」

「ほのかが頑張ったからだよ」

 その言葉を受けて確認するように空を見上げる。お昼過ぎに空に浮かんでいるのを見かけた青白い月は、今は黄金色に輝き西の方へと移動している。

 星が輝く暗さになり、雲がないので天体観測にはちょうどよさそうだけれど、こ照明などがほとんどない道を歩いて、山奥にある西牧天文台に向かうのは無謀だ。

 それは穂高もわかっている。ごめんね、と謝ろうとしたら突然、乱暴なクラクション音が辺りに響く。さらにはライトの眩しさに私は眉をひそめた。

 迷わず車がこちらに近づいてくる。とっさに穂高が私を庇うように肩を抱いた。すると車はスピードを落とし、私たちのいるところへ横付けする形で止まった。

 白い軽トラだ。どういうつもりなのかと不安で身をすくめていると、軽トラの窓が開く。

「おい。お前らこんなところでなにしてんだよ? 天文台には行ったのか?」

「宮脇さん」

 運転席から顔を出したのは、まさかの宮脇さんで、となると乗っている車は谷口さんのものだろう。それにしても、どうしてここに?

 浮かんだ疑問に答えるように宮脇さんは面倒くさそうに続ける。

「谷口さんとか、あそこにいた連中がやっぱり心配だから送っていってやれって言い出したんだよ。で、車乗って追いかけてみても、どこにもいねぇし」

「す、すみません」

「で、行ったのか?」

「それが……」

 私は首を縮めながら言いよどんだ。それで宮脇さんは察したらしい。

「乗れよ。ここまで来たんだから乗せてってやる」

「え」

「ただしふたりとも荷台にだ。落ちないようしっかりつかまっておけ」

「派出所前で言います?」

 穂高が呆れたようにツッコんだ。すると宮脇さんが愉快そうに笑う。

「いざ月が地球に落ちてきそうになったら、みんな荷台にでも乗り込んで必死で生きようと逃げるんだろ。警察もいちいち取り締まってらんねぇよ」

 どうだろう。父に見つかったら普通に違反として捕まるかもしれない。そんな考えが過ぎる。でも宮脇さんの言う通り、こんな状況だ。

 私と穂高は顔を見合わせる。ふたりの気持ちは一緒だ。

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 宮脇さんは運転席から降りると、軽トラの荷台部分を囲っているうしろのあおりを倒した。穂高が先に乗り込むと、ぎしっと軋む音がする。

 不安になりながらも、手を差し出してくれたので私は彼に引っ張り上げてもらい乗り込んだ。宮脇さんが再びあおりを起こし、運転席に戻る。ゆっくりと車は走り出した。

「ほのか、こっちに移動できる?」

「う、うん」

 ぼこぼこしていてお世辞にも座り心地はいいとはいえない。バランスを取ながら荷台の上を這うようにして穂高の方へ移動する。

 穂高の隣に座りあおりにしっかりと背中をつけ体勢を安定させた。ぎこちない私に穂高が問いかける。

「怖くない?」

「全然! むしろワクワクしてる」

 風を受け、髪を押さえながら私はつい声を張り上げて答えた。

 不思議。もうすぐ世界は終わるのに。絶望と不安と諦めしかなかったのに。

 軽トラの荷台に乗ったのももちろん初めてで、今から天文台に行ける期待もあるのかも。心地いい高揚感が不安や恐怖などを押しのける。

 穂高は私を固定するためか、さりげなく私の腰に腕を回して自分の方に引き寄せた。心拍数が一気に上昇する。これくらいの密着で照れるのは、今さらだ。

 そうは思っても、まともに顔が上げられず穂高の顔が見られない。

『大丈夫。俺がいるから』

 ようやく自覚した、彼に対する想いを。愛とか恋とか知らないし、今まで色恋沙汰とは無縁だった。だから、これを恋と呼んでいいのか自分で判断もできない。

 でも穂高は特別なんだ。それだけは確信をもって言える。今まで出会ってきた誰とも違う。

 いつ地球が滅びるかもしれないというこんなときでも、私はこうして彼と一緒にいたい。この気持ちは本物なの。