空を映していた瞳を正面に戻す。すると遠くから車が近づいてくるのが見えた。
色は黒で高級そうな雰囲気だ。デザインが少し珍しい。車には詳しくないのでメーカーまでは判断できないけれど、おそらく外車かな?
ついじっと注視していると、車は反対車線なのにも関わらず、あろうことか私たちの少し手前で止まった。端に寄せハザードランプがチカチカと灯りだす。
位置やタイミング的に私たちに用があるのだと直感する。驚きが隠せず、怖い人が出てきたらどうしようと嫌な想像が脳裏を過ぎった。
穂高も警戒心を露わにして私の手を引き、自分の方に寄せた。
ところが後部座席のドアが開き、降り立ったのは見覚えのある人物だった。
「安曇くん!?」
私は目を丸くする。穂高の名前を呼び、こちらに早足に駆け寄ってきたのは隣のクラスの渡辺さんだった。偶然、穂高に告白しているのを聞いてしまった相手だ。
制服ではなく水色のワンピースを身にまとっている渡辺さんは、痩せて髪も短くなっていた。それが彼女の大人っぽさに拍車をかけている気がする。
彼女は私に目もくれず、一目散に穂高に寄った。
「よかった。無事だったんだ」
渡辺さんは安心した表情を見せ、ちらりと車の方に顔を向けた。
「あのね、今からお父さんの知り合いで、隕石の専門家に会いに行くの。安曇くんも行かない?」
「隕石の専門家?」
穂高はオウム返しに尋ねる。私も話の意図が読めず、黙って耳を傾けた。
「うん。その人が中心になってね、一部の人たちが巨大な地下シェルターを作っているんだって」
そういった類の話は与太話も含め、散々聞いてきた。一部の政治家や権力者は、都心の地下深くに国民には内緒で自分たちのためだけに巨大なシェルターを作っているんだとか。
どうしても胡散臭く感じてしまう。渡辺さんの話がどこまで本当なのかはわからないし、聞いた噂の件とは別なのかもしれないけれど。
私たちの訝し気な空気を汲み取ったのか、渡辺さんは声のトーンを上げて必死に続けた。
「ほら、隕石がぶつかって恐竜は絶滅したけど、すべての生物が死に絶えたわけじゃないでしょ? しばらく地上で生きられないなら、それまで強固な地下深くのシェルターで生活すればいいのよ!」
彼女の瞳には曇りなどなく、むしろ希望で満ち溢れている。疑いなど微塵もない。
おかげで、私の気持ちも揺れそうになる。もしも、そんなシェルターが本当にあるのだとしたら……。
「ね。でもシェルターには限りがあって、特別な人しか入れないの。私たち家族は選ばれたんだけれど、お父さんに頼んで口をきいてもらうから。だから安曇くんも行こう」
まるでここにいないかのように扱われる私は、穂高の返事を緊張して待つしかできない。彼の表情だけでは、相変わらずなにを考えているのかわからない。穂高はふっと笑った。
「ありがとう。でも遠慮するよ」
虚を衝かれたのは私だけではなく渡辺さんもだ。すかさず彼女が噛みつく。
「なんで? こんなチャンス、もうないよ!? ここで私に会えたのはとんでもない奇跡なんだから」
穂高は詰め寄られながらも笑みを崩さない。
「俺は、特別な人間じゃないからね」
「そんなっ! 安曇くんは十分に才能もあって、他の人にはない特別なものが……」
「それに」
ここで初めて穂高が渡辺さんの話を遮った。そう大きくない彼の声が勢いのある彼女を止める。そして同じく成り行きを見守っていた私は、急に彼の手によって場の中心に引っ張り出された。
「俺には彼女と行くところがあるから」
私の肩を抱き、にこやかに答える穂高に対し私は渡辺さんと今日初めて目が合った。彼女は綺麗な顔を歪め、まるで親の敵を前にしたかのような形相になる。
血色のいい唇を噛んで彼女がなにかを発しようとした。
ところが、その寸前で車のクラクションが鳴り場の意識はすべてもっていかれる。痺れを切らした彼女の父親が乱暴にハンドルを叩いたのが伝わってきた。
「馬鹿じゃないの!?」
渡辺さんは吐き捨てて、さっさと車に戻っていく。ドアが閉まったのとほぼ同時に車はアクセル全開で、あっという間に消えていった。
エンジン音が遠くで木霊して、波の音がそれを攫う。あまりにも突拍子もない出来事に私は口をぽかんと開けた。穂高の手が肩から離れ、私はようやく彼に視線を移す。
「……よかったの?」
どうしてか私は申し訳ない気持ちを抱えていた。
「うん。正直、隕石の専門家には少し心動かされたけど、シェルターには興味ない」
「でも、もしも渡辺さんの話が本当だったら……」
「隕石と月とじゃ体積も威力も比べものにならないよ。仮に耐えうるシェルターがあったとしても俺の返事は変わらない」
未練も強がりもまったく感じられない。穂高はなにげなく帽子越しに私の頭に触れた。
「だから、ほのかは気にするなよ。ほのかがいたからとかじゃない。それに彼女の態度、かなり失礼だったろ」
穂高が言っているのは渡辺さんが私を無視していたことだろう。でもあれは無視というよりいちいち気にかける時間さえ惜しかったんだと思う。
時間はみんな限られて切羽詰まっている。そんな中、渡辺さんはお父さんに頼んで車を停めてもらい、わざわざ穂高に声をかけてきたんだ。
彼女のまっすぐな気持ちが、少しだけ羨ましかった。私はそこまで誰かに心を動かされたり、誰かのために行動するとかあったかな。
色は黒で高級そうな雰囲気だ。デザインが少し珍しい。車には詳しくないのでメーカーまでは判断できないけれど、おそらく外車かな?
ついじっと注視していると、車は反対車線なのにも関わらず、あろうことか私たちの少し手前で止まった。端に寄せハザードランプがチカチカと灯りだす。
位置やタイミング的に私たちに用があるのだと直感する。驚きが隠せず、怖い人が出てきたらどうしようと嫌な想像が脳裏を過ぎった。
穂高も警戒心を露わにして私の手を引き、自分の方に寄せた。
ところが後部座席のドアが開き、降り立ったのは見覚えのある人物だった。
「安曇くん!?」
私は目を丸くする。穂高の名前を呼び、こちらに早足に駆け寄ってきたのは隣のクラスの渡辺さんだった。偶然、穂高に告白しているのを聞いてしまった相手だ。
制服ではなく水色のワンピースを身にまとっている渡辺さんは、痩せて髪も短くなっていた。それが彼女の大人っぽさに拍車をかけている気がする。
彼女は私に目もくれず、一目散に穂高に寄った。
「よかった。無事だったんだ」
渡辺さんは安心した表情を見せ、ちらりと車の方に顔を向けた。
「あのね、今からお父さんの知り合いで、隕石の専門家に会いに行くの。安曇くんも行かない?」
「隕石の専門家?」
穂高はオウム返しに尋ねる。私も話の意図が読めず、黙って耳を傾けた。
「うん。その人が中心になってね、一部の人たちが巨大な地下シェルターを作っているんだって」
そういった類の話は与太話も含め、散々聞いてきた。一部の政治家や権力者は、都心の地下深くに国民には内緒で自分たちのためだけに巨大なシェルターを作っているんだとか。
どうしても胡散臭く感じてしまう。渡辺さんの話がどこまで本当なのかはわからないし、聞いた噂の件とは別なのかもしれないけれど。
私たちの訝し気な空気を汲み取ったのか、渡辺さんは声のトーンを上げて必死に続けた。
「ほら、隕石がぶつかって恐竜は絶滅したけど、すべての生物が死に絶えたわけじゃないでしょ? しばらく地上で生きられないなら、それまで強固な地下深くのシェルターで生活すればいいのよ!」
彼女の瞳には曇りなどなく、むしろ希望で満ち溢れている。疑いなど微塵もない。
おかげで、私の気持ちも揺れそうになる。もしも、そんなシェルターが本当にあるのだとしたら……。
「ね。でもシェルターには限りがあって、特別な人しか入れないの。私たち家族は選ばれたんだけれど、お父さんに頼んで口をきいてもらうから。だから安曇くんも行こう」
まるでここにいないかのように扱われる私は、穂高の返事を緊張して待つしかできない。彼の表情だけでは、相変わらずなにを考えているのかわからない。穂高はふっと笑った。
「ありがとう。でも遠慮するよ」
虚を衝かれたのは私だけではなく渡辺さんもだ。すかさず彼女が噛みつく。
「なんで? こんなチャンス、もうないよ!? ここで私に会えたのはとんでもない奇跡なんだから」
穂高は詰め寄られながらも笑みを崩さない。
「俺は、特別な人間じゃないからね」
「そんなっ! 安曇くんは十分に才能もあって、他の人にはない特別なものが……」
「それに」
ここで初めて穂高が渡辺さんの話を遮った。そう大きくない彼の声が勢いのある彼女を止める。そして同じく成り行きを見守っていた私は、急に彼の手によって場の中心に引っ張り出された。
「俺には彼女と行くところがあるから」
私の肩を抱き、にこやかに答える穂高に対し私は渡辺さんと今日初めて目が合った。彼女は綺麗な顔を歪め、まるで親の敵を前にしたかのような形相になる。
血色のいい唇を噛んで彼女がなにかを発しようとした。
ところが、その寸前で車のクラクションが鳴り場の意識はすべてもっていかれる。痺れを切らした彼女の父親が乱暴にハンドルを叩いたのが伝わってきた。
「馬鹿じゃないの!?」
渡辺さんは吐き捨てて、さっさと車に戻っていく。ドアが閉まったのとほぼ同時に車はアクセル全開で、あっという間に消えていった。
エンジン音が遠くで木霊して、波の音がそれを攫う。あまりにも突拍子もない出来事に私は口をぽかんと開けた。穂高の手が肩から離れ、私はようやく彼に視線を移す。
「……よかったの?」
どうしてか私は申し訳ない気持ちを抱えていた。
「うん。正直、隕石の専門家には少し心動かされたけど、シェルターには興味ない」
「でも、もしも渡辺さんの話が本当だったら……」
「隕石と月とじゃ体積も威力も比べものにならないよ。仮に耐えうるシェルターがあったとしても俺の返事は変わらない」
未練も強がりもまったく感じられない。穂高はなにげなく帽子越しに私の頭に触れた。
「だから、ほのかは気にするなよ。ほのかがいたからとかじゃない。それに彼女の態度、かなり失礼だったろ」
穂高が言っているのは渡辺さんが私を無視していたことだろう。でもあれは無視というよりいちいち気にかける時間さえ惜しかったんだと思う。
時間はみんな限られて切羽詰まっている。そんな中、渡辺さんはお父さんに頼んで車を停めてもらい、わざわざ穂高に声をかけてきたんだ。
彼女のまっすぐな気持ちが、少しだけ羨ましかった。私はそこまで誰かに心を動かされたり、誰かのために行動するとかあったかな。