自分探しの旅に出る?気怠い遥香の夏休み


高校二年の夏休みも一週間が過ぎた頃、私は今日も今日とてお昼を食べたあとはゴロンと部屋で転がっていた。

そんな時、フッと急に思ったのだ。
私って、常々こんな感じだけれど、今後どうするんだろう。
何となく、その他大勢が進学するであろうから、進学を希望していて、何となく理系より文系だから今年の選択教科も文系で……。

日々、何となくと、その時々の流れを見て行動しても、やりたい! と強く思うことも無くここまで来た。

面倒が嫌いだから、ゆっくりのんびり怠惰に過ごすために、夏休みの課題は既に終了している。
だって、最後にジタバタするのは嫌だから。
怠惰に過ごすためにという理由だけで、早々にまぁまぁな量のある課題は、夏休み最初の週で終わらせてしまった。

怠惰に過ごすことこそ至上としている私は、そのためにならそこそこのやる気を出す。
ちなみに、そのやる気は普段は死ぬほどその存在感を潜めている。
そんな私は、追試や補講も大嫌いなので、日々授業だけは真面目に受けるし、集中する。
そして、それで理解も出来て困らない程度にはテストでも結果を残すので、親や教師からも特にやる気の無さなどに苦情はない。

しかし、そんななので、何か一つに秀でているとか、これが大好きだとかいうものがない。
とりあえず、なんでも無難にこなせてしまうので、どれかひとつに執着したり、固執したりもしないのだ。

だから、課題も終わって日々と同じように怠惰にしていてフッと思ってしまったのだ。

「私って、この先どうしたいんだろう?」

一人の部屋で呟いた、その言葉は声に出したことで、形をもって私に響いたのだった。

津田遥香(つだ はるか)高校二年の夏休み、前半の出来事だった。



私は、その後夕飯が出来たと呼ばれるまで、いつになく真剣に考えた。

ゆるっゆるの怠惰大好き人間が、脳みそフル回転である。
私は、何が好きなんだろう?
本を読んだり、ぼーっと何かを眺めたりするのは好きかな。
過ごし方としては、ゆったりしているから。

運動も嫌いではないが、これと言ってやりたいスポーツはない。
勉強も嫌いではない。数学や化学はやや苦手だけれど、英語、国語、社会なんかは好きだし、得意と言える。
なので、進学を意識して現国、古文、英語、小論文、現代社会等が選択科目だし、得意分野が多い。

「かと言って、文系でやりたいことがある訳でもない……」

学校での成績から、とりあえず文系ってだけなのだ。
そう、考えれば考えるだけ自分のことなのに何も思い浮かばない。
その事に、これは良くないんじゃないかと思って私は考えた。
「何がやりたいのか、何が向いてるのか自分探しをしよう!」

そう思い至って、私はこの日珍しく暑い日差しの中を出かける準備をして家を飛び出したのだった。

やる気なしな遥香、初めての自主的行動だった。

そんな遥香はまず初めに図書館へと向かった。
世の中にはどんな職業があるのか、今一度考えてみるには手っ取り早いと思ったからだ。
普段は話題の作品や自分の好きなジャンルの本のコーナーにしか足を向けない私が、今日は普段覗かない書架の前に立った。

「システムエンジニア、建築士、薬剤師、看護師、インテリアデザイナー、カラーコディネーター、介護福祉士、社会福祉士、医療事務、社会労務士、行政書士、弁護士、公務員……」

棚を見て、本をパラパラとめくりあれこれと見るも、心惹かれるような仕事はない。

「動物園の飼育員、学芸員、司書ねぇ。この辺はちょっと興味あるけれど……」

なんてボソボソ言いつつも、たくさんの本を見て行った。
すると、当たりはオレンジの光に包まれており閉館時刻のアナウンスが流れている。

「あっという間に閉館か……」

私の呟きに、いつも会う司書のお姉さんが声をかけてきた。

「遥香ちゃん、結構長いこと色々見ていたわね?探し物は見つかったかしら?」

その声に、顔を上げて私は答える。

「探し物は見つからず、しかも混線模様になりました……」

すっかり肩を落としてボヤく私に、司書さんは言った。

「まぁ、遥香ちゃんは一体なにを探しに来たの?」

私はその問いに、答えた。やや疑問形で。

「やりたいこと?将来の夢?仕事?みたいな感じ?」

そんな私の言葉に、司書さんはニコッと微笑むと言った。

「そう、それなら図書館はピッタリだったわね。まだ決まらないのなら、ここに来てじっくり考えてもいいと思うわ」

その後、さらに司書さんの言葉は続いた。

「でも、なかなか答えが見つからない時はちょっと図書館とも別の場所に行くことをオススメするわ。いろんなものを見るといいと思うわ」

そんな司書さんの言葉に、ちょっとだけ元気をもらい、私は気になるものを数冊借りて帰るのだった。

とりあえず、私のやりたいこと探しはこうしてスタートを切った。

いつになくやる気に充ちていたと思う。
帰宅してからも借りてきた本や、ネットであれこれと見てみるもののあまりピンとくるものは無い。

やりたいこと探し、結構難しいことに気づきつつも、動き出したことを辞めるのが実は嫌いだった事にここではたと気づいて、私は黙々と様々なことに目を通して行った。

考え、探し始めて二日。
どうにもこうにも、パッとしないのはそれがリアルで感じられないからなのだろうか。
そんなふうに感じて、私は借りた本を返しに行くべく再び暑い中を図書館に向かった。

こんな暑い日でも、保育園の前を通れば元気な子ども達の声がする。
私も、昔はあんなふうに元気だったんだろうか?
疲れも、暑さも気にせず無邪気に遊ぶ子ども達は何だか、とっても楽しそうでキラキラしていた。

「とってもやりがいはあるのだろうけれど、保育士さんは大変そうだわ……」

ポツリと零しつつ、私は図書館を目指す。
この辺りでは、比較的開けている場所にある図書館までは自転車で十五分くらい。
真夏じゃなければいい運動だが、この猛暑の時には汗だくになる。
着いた先で、自販機でジュースを買ってまずは水分補給をして館内で汗が少し引いた頃に書架のコーナーに向かった。

借りた本を返して、私は広い書架コーナーを歩いていると、フッと目に付いたのは星空の写真の本。
見てみると、それは写真集で星空を中心に自然の中や鳥、動物、花などが撮られていた。
その写真を眺めていると、とても懐かしい気がした。
私は、これに似た物を見たことがある。
それは、今はあまり家族も触れない家の本棚の端にひっそりとしまわれている。
数冊のアルバムの中にあった写真たちだ。

「お祖父ちゃんの写真みたい……」

そう、家にあるアルバムは地元で小さな写真館を営んでいたお祖父ちゃんの撮った写真たち。
その中の数枚は私を一緒に連れて行き撮ったものもある。

写真を見て、お祖父ちゃんの言葉を思い出す。

「遥香、ここにはその時にしかない瞬間がある。カメラはそんな瞬間を切り取って、自分以外の誰かに共有出来るんだ。それが楽しくって辞められないんだよ」

そう言って、優しく笑ったお祖父ちゃんは二年前に旅立ってしまった。
私は共働きの両親と、近居の祖父母に育てられた。
幼い頃は、両親より祖父母との時間が長くお祖父ちゃん子だったし、写真館での仕事も飽きもせずよく眺めていたものだ。

そんな思い出が一気に溢れだしてきて、私は写真集を食い入るように眺めた。
そして、決心をすると私はその本を書架に戻すと駆け出した。

目指した先は、祖父母の家だった。
お祖父ちゃんが亡くなってからは、父も叔父も跡を継げなくって写真館は閉店した。
店舗入口のシャッターは、もうずっと降りたままだ。
母屋の方の玄関に回って声を書ける。

「お祖母ちゃん!お邪魔するよ!」

私の声に、お祖母ちゃんは奥の台所から顔を出した。
「あら、遥香。元気そうね。今日はいきなりどうしたの?」

春先のお祖父ちゃんの法事のあとはちらっとしか顔を出していなかった。
そんな私が急に来たのでちょっと驚いているが、お祖母ちゃんはニコッと笑って聞いてきた。

「お祖母ちゃん。お祖父ちゃんのカメラって残ってる?」
私が聞いた言葉に、また少し驚いた後でお祖母ちゃんはニコニコと笑っている。
「まぁ、おじいさんはホントに遥香を理解してたのねぇ。おいで、こっちにあるよ」
そう言ってお祖母ちゃんは、私を写真館の方に案内した。

辞めて二年になるのに、お祖父ちゃんの写真館は未だに綺麗に手入れされていた。
あまりにも以前のままで、驚いているとお祖母ちゃんは私を見て笑う。

「おじいさんの大事だった場所だからねぇ。元気なうちはここは綺麗にしときたいんだよ。ほら、おいで」

そう言われて、お祖父ちゃんの仕事道具の棚の前に行けば、複数のカメラが置かれている。


本格的な一眼レフとか、現役だろうが古いカメラとか。
そこにはちょっとだけ似つかわしくない、小型の一眼レフが置かれている。

「これはデジカメ型の一眼レフでねぇ、遥香にっておじいさんが買ってたのだよ」

お祖母ちゃんの言葉に思わず顔を見ると、ニコニコと嬉しそうに言った。
「いつか、必ず遥香がこれを持つ日が来る。まずはこれで撮ってみて、面白いと思うならこっちの腕が必要なのも遥香に渡してやれって」
ニコニコなお祖母ちゃんは私を見て、そして店内とお祖父ちゃんのカメラたちを見て言った。

「遥香はきっとカメラが好きだ。あいにく俺の息子達は継がないが、これと決めたら揺らがないから。遥香がカメラを取りに来たら、店をなんとか維持してくれですって」
まったくって態度だけど、お祖母ちゃんも嬉しそうだ。
「ここは、私とおじいさんの思い出がいっぱいだからね。ここに来れるなら、遥香ももう大丈夫だね」

お祖母ちゃんは、私が言わなくっても分かっていたのだ。
叶うわけなどないんだけれど、ちょっと面白くない。
「私って、そんなに分かりやすい?」
ちょっと面白くなくって、すねた表情になった私にお祖母ちゃんは、声を上げて笑った。

「私らにとったら、孫だからね。それもよく見てきた子さ、分かるもんだよ」
両親以上に、祖父母にはかなわない。

「うん、そうだね。私は、そうやって周りに育てられたんだもんね。じゃあ、ちょっと明日は原付の免許取りに行くね!お祖父ちゃんのカブ借りるからね!」

さすがに、この発言は予想してなかったらしくお祖母ちゃんは目を丸くするも、ふふっと笑って言った。

「そう、遥香は元々はこうだったね。いいよ。思うようにやってごらん」

こうして、私は来週には行動できるように準備を始めるのだった。