春の暖かい日差しの中、色とりどりの花が庭一面に咲き乱れている。
その向こうには大きな洋風の屋敷があり、その横にあるウッドデッキにロッキングチェアに揺られながら一人のおばあさんがスヤスヤと眠っている。
とても気持ち良さそうだ。
編み物をしている途中だったのだろうか、その手には編み棒と毛糸を抱えていた。

「大おばあ様! 大おばあ様!」
五、六歳くらいだろうか、二人の女の子が家の中から出てくると、そのおばあさんにもたれかかって起こし始めた。
このおばあさんのひ孫のようだ。
二人ともそっくりな顔なので双子だろう。

「大おばあ様ってば!こんなとこで寝てたらお風邪ひいちゃうよお」
一人の子がそう言いながらおばあさんの体を揺する。
「あらあ、舞菜。来てたのかい?」
「大おばあ様、また間違えてる。私は雪菜よ」
「舞菜は私だよお」
もう一人の子がひょっこり顔を出す。

「ごめん、ごめん。二人とも可愛すぎてわからないよ」
「大おばあ様、とっても楽しそうに寝てたよ。なんかいい夢見てたの?」
「夢?そうか。今まで見てたのは夢だったのね。フフっ、死神になって生まれ変わるだなんて、なんて夢かしら」
「え? 大おばあ様、死神になった夢を見たのお?」
舞菜が心配そうに訊いた。
「えー雪菜、怖いよお」
雪菜がおばあさんにしがみついた。

「ううん。全然怖くないのよ、死神さんは」
「本当?」

「舞菜ねえ、死神さん見たことあるよお」
舞菜が自慢げに言う。
「えー、舞菜ウソばっかり!」
「ウソじゃないもん! ホントだもん!」
嘘と言われた舞菜はムキになって雪菜に言い寄った。
「どこで見たのよ?」
「夢の中で」
「なあんだ。夢の中だったら雪菜もあるよおだ」
姉妹、特に双子は対抗心が強いようだ。

「あら本当かい? さすが双子だねえ。二人とも仲良く夢で死神さんを見たことあるんだ」
「雪菜のは本当だよ。何回もあるよ!」
「舞菜も本当だもん! 舞菜も何回もあるもん!」
譲らない性格の二人はムキになって言い合った。

「はいはい、分かったよ。でもこんな夢見るなんて、私にもそろそろお迎えがくるのかしらねえ・・・」
「お迎えって、誰か来るの?」
「うん。私のお友達だよ」
おばあさんはそう答えながらニコニコと微笑んだ。
「大おばあ様のお友達が来るの? 誰? 舞菜も知ってる人お?」
「うーん。名前なんていったかしら、忘れちゃったわ。さあ、もう家の中に入りなさい。ちょっと寒くなってきたから」
「はーい」
二人は仲良く家の中に入っていった。

「ああ、それにしても不思議な夢だったわ。何かすごく懐かしい感じがする。夢に出てきた死神、名前なんていったかしら。ジ、ジ、ジャンゴ?・・・」
『ばかやろう! ジャンクだ!』
庭の向こう側で聞き覚えのある妙に懐かしい男の声が聞こえた。

「そうそう、ジャンクだ・・・え?」
おばあさんは驚いてあたりを見回した。
「誰かいるのかい?」
『え?お前、俺の声が聞こえてんのか?』
その声の主も驚いた様子だ。
「だ、誰だい?」
庭先に白樺の木が立っている。その前に薄らと人の影が見えた。
「え?」
そこには見覚えのあるダサイ黒い服を着た男が立っていた。

『まさか、俺の姿も見えてんのか?』
そう。それは夢の中に出てきた死神のジャンクだった。
「えーっ!まさか、ジャンクかい?」
パレル(おばあさん)の記憶の奥底にあった塊が今溶けた。
『憶えてんのか?俺のこと』
「本当にジャンクなの? あれは夢じゃなかったのね」
おばあさんもびっくりしたが、それ以上にびっくりしたのはジャンクだ。

『普通憶えてないはずなんだけどな。やっぱりお前すごいんだな』
「やっぱりジャンクなのね。久しぶりね」
『ああ、九十六いや九十七年ぶりか』
「あなた変わらないわねえ。でも相変わらずダサイ制服だね」
『そりゃ死神だから歳は取らねえよ。ダサイは余計だ。お前のその笑顔は昔と変わらず可愛いぜ』
「相変わらず嘘が下手だねえ。そこまで見え透いた嘘を聞くのは何十年ぶりかね」
おばあさんはそう言いながら大笑いをした。

「そうか。あなたが来たってことは私も向こうに行くのね。でも、もう思い残すことは何も無いから大丈夫だよ。さあ、行こうか」
『いや、それがな・・・』
急にジャンクは困った顔になった。

『今、日本も高齢化で亡くなる人が増えすぎてな。天界の手続きが追いつかないんだ』
「え? どういうことだい?」
『んーだからな。お前は本当は今日で寿命のはずだったんだけど、それがもう少し延びることになったんだ』
「延びたって・・・寿命が?」
『ああ。召喚する人が集中しすぎないように、とりあえず健康な老人から寿命を延ばすということが天界で決まったんだ。お前の寿命は五年ほど延長になった』
「定年延長みたいに軽く言わないでおくれよ。私はそろそろ逝ってもいいころだと思ってたんだけどねえ。大体、寿命って生まれた時に決まってんだろう。そんな簡単に延ばせるもんなのかい?」
『しようがねえだろ。天界の見通しが甘かったんだろうな。召喚担当の事務処理が想定を超えたもんで追いつかないんだとさ。それで寿命についても規制が緩和されたんだよ』
「そっちもこっちもお役所は同じようなことやってんだねえ・・・。あと五年かい・・・最近、体の痛みが酷く苦しくなってね。そろそろそっちに行って楽になろうと思ってたんだけどねえ」

『そうだろうな。本当は今日がお前の召喚日だったからな。でも安心しろ。今日、寿命の延長申請が通ったはずだから、明日には体の痛みが楽になると思うぞ』
「けっこういい加減なもんなんだねえ」
あばあさんは呆れ顔になる。

『まあ規制が緩和されてからはそんなもんだ。そうだ、お前に朗報があるんだ。お前は前世で召喚した時に特待生になってるから神様から特別推薦が貰えたぜ。今度は天使試験が免除で天使になれるんだ。よかったな』

あばあさんはニコリと笑ったあと、ゆっくりと首を横に振った。
「ううん。私はまた死神をやりたいな。ジャンクと一緒にさ」
『何言ってるんだよ。あんなに天使に憧れてたのに』
「私は死神の仕事にプライド持ってるからねえ」

「そういえばクレアさんとクライネスは元気?」
『ああ、あの二人は優等生だったからな。確か五、六年前に召還して現世(こっち)で生まれかわってるよ』
「本当? さすがクレアさんとリコルね。よかったわ」

『二人ともこの地域の担当だったからな。もしかしたら近所に住んでるかもしれないな』
「ところでジャンクは?」
『うるせえ、訊くんじゃねえよ。見りゃ分かんだろ。大体、俺はこの仕事が好きなんだ』
「ごめんごめん。そうだったわね」
『ああ、俺はもう行かなくちゃ。じゃあな』
「え? ジャンク、もう行っちゃうのかい? せっかく会えたのに」
『お前の寿命延びちゃったからな。またしばらくお別れだ』
「五年後もジャンクが来てくれるんだろう?」
『ああ、来たくねえけど、来てやるよ』
「ふふ、相変わらずのツンデレだね。待ってるよ」
『俺が迎えに来るまで達者にしてろよ』
「そりゃあ、死神のあなたが迎えに来るまではきっと達者なんだろうねえ」
『違いねえ!』
ジャンクの昔と変わらない懐かしい台詞にパレル(あばあさん)はニコリと微笑んだ。
「またねジャンク」
『ああ、またな、パレル』
ジャンクの姿がゆっくりと消えていった。

「大おばあ様、ごはんだよお」
舞菜と雪菜の二人がおばあさんを迎えにきた。
「はいはい。それじゃあ、行こうかね」
「ねえ、大おばあ様。今の黒い服の人、だあれ?」
舞菜がぽつりと尋ねた。

「え?」
どういうことだろうか。
普通の人には死神は見えないはずだ。

「舞菜、あんた、さっきの黒い服の人が見えたのかい?」
「うん、あの人見たことある。夢の中で見た死神さんだったよ。さっきと同じ変な帽子とダサイ黒い服着てた」
「雪菜も見たよ、ダサイ黒い服の男の人。夢の中で見た死神さんだよ」
「舞菜、雪菜、あんたたち、もしかして・・・」
「どうしたの? 大おばあ様・・・」
二人はきょとんとした顔でおばあさんを見つめた。

「・・・ううん、なんでもないよ。そうだね。誰が見てもダサイよね、あの服・・・」
おばあさんはにっこりと微笑むと二人をぎゅっと強く抱きしめた。
「苦しいよお・・・大おばあ様」
「ああ、ごめんごめん。つい嬉しくてね。
おばあさんは抱きしめていた両腕をゆっくりと離した。
その目には薄っすら涙が浮かんでいる。

「どうしたの? 大おばあ様」
二人は不思議そうに顔を見合わせた。

「大おばあちゃん、舞菜、雪菜、早くいらっしゃい! スープが冷めちゃうわよ!」
部屋の中から三人を呼ぶ声が聞こえる。
「はーい!」
三人は揃って元気よく返事をした。

「さあ、行こうか。今日の夕飯は何かな?」
おばあさんは重い腰を上げ、ゆっくりとロッキングチェアから立ち上がった。

「やれやれ、あと五年がんばらなきゃいけないようだ・・・」