パレルの死神研修が始まってからひと月が過ぎた。
今日は天界の研修生の研修最終の日だ。
この日が終わると見習い期間が終わり、晴れて天使研修生は天使に、死神研修生は死神となって一人前となり巣立っていくことになる。

ジャンクは今日の待ち合わせ場所のマカルト広場にやってきた。
先にベンチに座っているパレルを見つけてびっくりする。
自分より早く来ているなんて初めてのことだったからだ。

「よう、パレル。めずらしく早えじゃねえか」
「おはよ・・・ジャンク」
元気の無い返事がパレルから返る。何か思いつめたように遠くを見つめている。
「どうした? 元気無いな」
パレルは黙ったまま首を横に振った。いつもと様子が違うとジャンクは感じた。
「今日は研修の最終日だぜ。これが終わったらお前も一人前の死神だ」
パレルはやはり何も言わなかった。

「ああ、そうだったな。お前は死神にはなりたくなかったんだもんな・・・」
ジャンクは少し寂しそうな顔になった。
「この研修が終わったら、ジャンクはもう私の教育担当じゃなくなっちゃうんだよね」
「ああ、天界研修が終わったら死神も天使もみんな独り立ちするんだ」
「そっかあ・・・じゃあジャンクとも今日でお別れなのか・・・」
ジャンクはパレルをじっと見つめた。
「何だ、寂しいのか? さては俺に惚れたな?」
「ばっかじゃないの!」
パレルは慌てて顔を背けた。

マカルト広場はいつも多くの天界人で賑わっている。
この天界に来てからパレルにはずっと気になっていることがあった。
「ねえジャンク。なんで天界の人にはお年寄りがいないの? お年寄りで亡くなってる人、多いよね?」
「ああそうか。お前はまだ知らなかったんだな。この天界に老人がいない理由か。それはな、人が召喚して天界に来ると、その人の本来あるべき姿に戻るからなんだ」
「人の本来あるべき姿って?」

その人の本来あるべき姿。それはちょうど成人になったころを指す。通常は十八歳から二十歳くらいの姿だ。

「あのさ、じゃあ私は何で子供の姿なの?」
その問いにジャンクは急に黙り込んだ。
「大人になる前に死んだってことだ・・・」
「え?」
「成人する前に召喚したものは死んだ時の姿でそのまま天界に来るんだ」
「じゃあ、私は子供の時、死んじゃったんだ」
「ああ・・・そういうことだ」
パレルはちょっとショックだった。
ジャンクも悲しそうな顔でパレルを見つめていた。

「そう言えば私って、どうして死んじゃったのかなあ? 病気かなあ? ジャンクは知ってる?」
「いや、知らねえよ。今は故人情報保護法ってのがあってな。他の人の死の理由とかについては簡単に分からないようになってるんだ」
「コジンジョーホーホゴホー? 何か早口言葉みたいだね」
個人の情報保護の波は天界まで広がっていた。

「私さ、現世の時のこと全然覚えてないんだ」
「みんなそうだ。現世の時のことは天界では憶えていない。逆に天界でのことは現世に生まれ変わったら全て忘れる」
「私達って生まれ変れるの?」
パレルは思わずびっくりする。
「もちろんさ。だけど天界での成績によって現世に戻れるまでの期間が決まるんだ」

天国に召喚された人、つまり亡くなった人は一定の期間を天界で過ごし、その後また現世に生まれ変わることができる。これを召還という。
召還できるまでの期間は人によって違う。成績がいいと数十年で現世に召還されることもあるし、成績が悪いと数百年以上現世に戻れない人もいる。

「そっかあ。じゃあ私、試験成績悪かったからダメだね・・・」
「そんなこたねえよ。死神だって頑張れば、いずれ現世に召還できる」
「だったら何でジャンクは何百年も死神やってんのさ?」
「何度も言わせんじゃねえ。俺は死神が好きでやってんだ!」
「ごめんごめん。そうだったね」

しばらくすると、そこにクレアとクライネスがやってきた。
「おはよう、ジャンク、パレル」
「おはようございます。ジャンクさん、パレルさん」
二人が明るく挨拶をする。
今日もこの二人と一緒のユニットになるようだ。

「よう!」
「おはようございます。クレアさん、クライネス」
二人も挨拶を返した。
「いよいよ最終日ね。今日も一日よろしくね」
クレアがニコリと微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします。今日は最終日だもんね。クライネス、一緒にがんばろうね!」
パレルはクライネスにピースサインをする。
「はい・・・パレルさん」
元気の無い、呟くような小さな返事だった。
「大丈夫? クライネス。何か元気無いね」
パレルはクライネスの様子が気になった。

クライネスは一人前の天使になる自信をまだ持てないでいた。
「パレルさん、ひとつ訊いていいですか?」
「なあに?」

「パレルさんは、どうしてそんなに自信を持てるんですか?」
「え? 何でそんなこと?」
「私、全然自信無いんです。私に天使なんて無理じゃないかって・・・」
「フフ、私だって自信なんか無いよ。大体、天使試験落ちてるし。でも、試験落ちてからずっと落ち込んでたんだけど、教育係(ジャンク)と一緒にいたら、何か落ち込んでるのがバカバカしくなっちゃってね、怖いもの知らずの開き直りってやつかなあ」
クライネスは黙ったまま、じっとパレルを見つめていた。

「自信なんてあっても無くてもいいんだよ。自分ができることをやればいいんじゃない。どっちみち、できることしかできないんだから」
「できることを・・・ですか?」
「そう! 自分ができることを精一杯やって、それでダメならしようがないじゃない。気楽に行こうよ」
「はい、そうですね」

「あっ、ごめんね。天使試験落ちた私が天使さんに偉そうなこと言って」
「いいえ、やっぱりすごいです、パレルさんは。何で試験落ちたのか不思議です」
それを聞いたパレルはちょっと落ち込んだ顔になった。
「あっ、すいません。私、失礼なこと言ちゃって・・・」
「いいよいいよ。気にしないで」

「何笑ってんだ? そろそろ行くぞ」
ジャンクが二人に声を掛けた。
四人は最後の研修となる今日の召喚者の場所へと向かった。