クレアは思い出から我に返り、フッと笑った。

「あの時は迷惑かけて悪かったな」
申し訳なさそうにジャンクはクレアに詫びのセリフを入れた。
「そうね。大変だったわ、あの時は・・・」
ジャンクはその時に死神を辞めようと思っていた。

人には様々な人生があるが、最後は必ず死ぬ。それは全ての人が同じだ。
しかし、幸福に包まれながら天に召される者もいれば、突然、死の恐怖や苦しみに怯えながら死んでいく者もいる。
それはその人自身は選ぶことができない。
それを導く死神ですら、選ぶことはできない。

それを決めていのは“運命”というルールだった。
“運命”それは神様が決めた唯一無二のルール。
その運命に従い、人を死に導くのが死神の役目だ。
その役目の重圧にジャンクは押し潰されそうになったのだ。
それは死神失格を意味した。

「ジャンク。死神、やっていけそう?」
クレアが心配そうに問いかける。
「ああ、もう少し頑張ってみるよ」
ジャンクは苦笑いをしながら答えた。

「後輩の指導もなかなか大変でしょ?」
「まあな。俺が後輩に指導なんて笑っちゃうけどな」
「本当。逆に後輩に教わっちゃうんじゃない?」
「違いねえ!」

「あのさ、ここはあなたは怒るところだよ」
「え、そうだったのか?・・・」
いつもながら冗談が通じないジャンクに呆れながら笑った。
「そうね、ついこの間 『俺には死神なんてできねえ!』 って叫んでいた人がねぇ」
「それを言うんじゃねえ!」
ジャンクがクレアを睨みつけた。
「ごめん、ごめん。ここでは怒るんだ」
クレアは笑いながら両手で口を塞いだ。

「ところでジャンク、もしかしてあの子・・・」
「じゃあ、俺そろそろ行くわ。あいつ捜して仕事に行かねえと」
ジャンクはクレアの声を遮るように立ち上がった。

「ああ・・・うん。じゃあ、あとでね」
ジャンクは別れを告げると足早に去っていった。
クレアはちょっと腑に落ちない顔をしながらもジャンクに小さく手を振った。

ジャンクはパレルのあとを追った。しかしパレルの姿はなかった。
どうやら見失ってしまったようだ。
ジャンクはパレルが何をふて腐れてるのか理解できないでいた。

「あいつ、どこ行った? これから仕事だっていうのに」
ジャンクがようやくパレルを見つけたのはマカルトと呼ばれる広場だった。

「ここに居たのか」
ジャンクはほっと肩を撫で下ろす。

マカルトのいうのは天界人のための公園みたいなところだ。
地上にあるが、もちろん現世の人間には見えない場所だ。
天界の人間が仕事の待ち合わせや、休憩に利用している場所だ。

パレルはベンチのような椅子に座りながらぼうっとしていた。
ジャンクはパレルの横に体を押しつけながら座った。

「よいしょっと! 捜したぞ、パレル」
パレルは黙ったまま遠くを見つめている。

「お前、何怒ってるんだよ?」
「私、怒ってないしい・・・怒る理由も無いしい・・・」
パレルのぎょろっと大きく見開いた目が只ならぬ怒りを物語っていた。

「どう見ても怒ってんじゃねえか・・・」
「そっかあ・・・ジャンクはああいうのがいいんだあ・・・」
「はあ?」
「ああいう、ボン・キュッ・パ!・・・が、いいんだあ・・・」
「な、なに言ってんだよお前・・・別にそんな俺は・・・」
パレルは美人でスタイル抜群のクレアにヤキモチを焼いているようだ。

「やっぱりウソ下手だね・・・ジャンク」
パレルは焦るジャンクを横目で睨んだ。
「ごめんね。私、ボン・キュッ・パ!じゃなくて。大人になる前に死んじゃったからさ」
「シャレになんないこと言うなよ。答えに困るじゃねえか」
しばらく二人の間に沈黙が続いた。

「さっきの天使の研修生さ・・・」
弱々しい声でパレルが呟いた。
「うん? ああ、確かクライネスって言ったっけ?」
「あの娘、頭良さそうだったね」
「どうしたんだよ、急に」
「なんか自信無くなっちゃったな。すごい可愛かったし・・・」
「顔は関係ねえだろ?」
「だよね! 顔で決められたら、ジャンクなんて地獄行きだもんね」
「ハハ、違いねえ!」
さらりと認めるジャンクにパレルは呆れる。
「あのさジャンク、ここは怒るとこだと思うよ」
「お前、同じこと言うなよ・・・」
今度はジャンクが呆れた顔で言った。
「え? 誰と?」
二人はポカンと顔を見合わせた。

「ぷっ! ふふふ」
先に吹き出し、笑い出したのはパレルだ。
ジャンクも一緒に笑い出した。
「やっと笑ったな、パレル」
ジャンクはようやくほっとした表情になる。
「え?」
「お前なら大丈夫だよ。絶対になれるよ天使に。だから頑張れ」
「どうしたのジャンク。急に優しいこと言って」
パレルは今まで聞いたことが無いジャンクの優しい言葉に目を白黒させた。

「俺が優しくちゃおかしいかよ?」
「おかしい!」
「即答かよ!」
また二人とも腹を抱えて大笑いした。

ジャンクがすっと立ち上がる。
「さあて、行くか!」
「うん、そうするか!」
パレルはジャンクの言い真似をしながら返事をした。
パレルはちょっぴり元気になったようだ。
二人は今日の仕事場へと歩き出した。