天使試験に落ちた・・・。

彼女は自信があっただけにショックだった。
「あんなに一所懸命勉強したのにな・・」

天使は天界の中でも一番人気の仕事だ。よって競争率が高い。
でも彼女は頑張った。
ただ、死ぬまでの時間が僅かしかなかったから、勉強する時間が少かった・・・なんていうのはただの言い訳にしかならない。

彼女の名前はパレル。もちろん、天界(こちら)の世界での名前だ。
現世(まえ)の名前はもう憶えていない。
天使試験に落ちたパレルは、仕方なく死神になることになった。

「やっぱりやだな・・・死神なんて」
パレルは試験に落ちて以来、ずっと落ち込んでいた。

「パレル、そろそろ行くぞ」 
声を掛けたのはジャンク。
ちょっとガラの悪そうなチンピラ風の死神で、彼女の教育担当役だ。

パレルはまだ死神研修中の見習いだ。
だからこのジャンクから死神の指導を受けている。
この研修を終えることにより、晴れて一人前の死神となれるのだ。

「なんだ。お前まだ落ち込んでんのか?」
「だって私、死神なんかになりたくなかったもん」
パレルはぼやくように言った。

「大体なあに、このダサイ黒い服・・・童話に出てくる悪役の魔女みたい」
パレルは自分が着ている死神の制服が気に入らなかった。
先の曲がった三角帽にヨレヨレの真っ黒な服、百年間変わっていないこの死神の制服は確かにダサく見えた。

「何言ってるんだ。これは我が死神族の由緒ある制服だぞ」
「こんな古臭いデザインの制服だから死神はいつまでたっても人気が無いんだよ。由緒とか伝統とか・・・要は変えるのが面倒なだけじゃないの?」
「そんなこと言うもんじゃねえ。まあこの死神の制服は神様が気に入ってるみたいだからしばらく変らないだろうな」
「神様もセンス無いね。それにさ、私の制服って何でこんなにダボダボなの?」
「今それしか無いんだってよ。我慢しな」
子供用の制服の数が少ないようで、パレルは大人用の一番小さい制服をあてがわれていた。

「せめてサイズくらい合わせて欲しかったな」
「まだ見習いだからしようがねえだろ」
「ふん。どうせ見習いですよお・・・天使試験も落ちましたよお・・・」
パレルはふてくされたように唇を尖がらせた。

道の正面から純白に輝く衣を纏った少女たちがパレルたちに近づいてくる。
天使と天使試験に合格したその研修生たちだ。
天使試験に落ちたパレルには、その白い制服はいっそう眩しく輝いて見えた。

「いいなあ・・・可愛いなあ・・・私も着たかったなあ、あの制服・・・」
パレルは羨ましそうに彼女たちを見つめた。
「ふん、俺はイケ好かないな、あんなインテリな制服。お前のその黒い制服のほうがよっぽど可愛いと思うぞ」

「ジャンク・・・」
「なんだ?」
「嘘、下手だね」
パレルは軽蔑の眼差しでジャンクを睨む。

「言っとくが俺たち死神は決して天使より身分が低い訳じゃないんだぞ。だから卑屈になるなよ。死神としてのプライドを持て!」
「プライドねえ・・・プライドより可愛い制服がいいな」
パレルはさらに唇を尖らせながら天使たちを羨望の眼差しで見つめた。
まるでアヒルのようだ。

「ねえ、ジャンクは死神になってどれくらいたつの?」
「ああ? うーん、よく覚えてねえけど二百五十年くらいかな・・・」
「天使になりたいと思ったことは無いの?」
「無いね! 俺はこの仕事は気に入ってんだ。まあ俺の成績じゃ元々天使になんてなれないけどな。それに、人気はないけど死神の仕事だってそんなに捨てたもんじゃないんだぞ」

死神の仕事は、死にゆく運命の人のところに出向き、人生の思い出を走馬灯のように見せることだ。そのあと、すみやかに召喚(しょうかん)させるのだ。

召喚とは人が天国に召されること、つまりは死ぬことを言う。
死んだあとに、その魂を現世から天国まで連れていくのは天使の仕事だ。

「今日もこれからまた死ぬ人のところに行くんでしょ。憂鬱だなあ・・・」
「お前、死神の仕事で一番大切なことは何だか分かるか?」
「分かってるよ。これから天国へと旅立つ人に 『いい人生だった』 って思いながら逝ってもらうことでしょ」
「そうだ。人が死ぬ時、直前に見る走馬灯のような景色、それを見せるのが我々死神の仕事だ。できるだけ楽しい思い出をたくさん集めてあげて、自分の人生がいい人生だったと思ってもらうんだ。俺たちの腕次第でその人が幸せな気持ちで天国へ旅立てるかどうかが決まるんだから、大切な仕事だぞ。天使にはできない仕事だ」
「ふーん・・・」
パレルは納得したようなしないような中途半端な返事をしながら顔を反対側に逸らした。

「あら、随分かっこいいこと言ってるじゃない」
一人の女性が二人の後ろから声をかけてきた。
振り向くと、そこにはモデルのようなスラッとした女性が立っている。

「なんだ。クレアか・・・」
少し焦った感じでジャンクは答えた。
「久しぶりね、ジャンク」

彼女は天使のクレア。天使の研修生の教育担当だ。
パレルは彼女のスタイルと美しさに茫然とした。まさに天使という名がぴったりの女性だ。

クレアは天使の真新しい制服を着た女の子を一人連れていた。
その女の子はちょっと怯えたようにクレアの後ろに隠れるように立っている。どうやら天使の研修生のようだ。

「何か用か?」
ジャンクは目を合わせるのを避けるように右斜め上に視線を逸らす。
「何か用かじゃないわよ。今日はジャンク(あなた)のところと一緒にユニットでしょ。シフト表見てないの?」
「ああ、そうだったっけ?」

死神と天使はユニットで仕事を行うのが基本になっている。
死神は天国に召喚する人に最期の記憶を見せたあと息を引き取らせる。
そしてその人を天国へと連れていくのが天使の仕事だ。

「あら? お隣の可愛い子は死神(そちら)の研修生?」
クレアはジャンクの後ろに隠れるように下がっているパレルを覗き込んだ。
「ああ、そうだ。パレルっていうんだ」
「こんにちは、パレル。私はクレア。こっちはあなたと同じ研修生のクライネスよ。よろしくね」
クレアはクライネスの肩をそっと抱きながらにこりと微笑んだ。
「こ、こんにちは。クライネス・・・です」

クライネスはとても緊張した様子で怯えながら小さな声で挨拶をした。
大人しく、とても気が弱そうな少女だった。
真新しい天使の白い制服がとてもよく似合っている。
一方パレルはというと、不機嫌そうな顔で二人を上目でじっと睨んでいた。

「・・・こんちは」
パレルはボソッとした声で呟いた。
「なんだお前。どうしたあ?」
ジャンクがあからさまにふて腐れているパレルに呆れた顔をする。
「別に、なんでもないよっ!」

天使試験に落ちたパレルには、やはり天使の制服が眩しすぎたようた。
試験に合格したクライネスを前に劣等感が湧き出てしまったのだろう。
美人のクレアに対するジャンクの態度も気に入らなかったのかもしれない。

「あら、なにか今日はご機嫌が悪いのかしら?」
「ああ、コイツ本当は天使(そっち)に行きたかったんだけど、試験落ちちゃったんだよ。それでずーっと落ち込んでるんだ」
「そうだったの。それは残念だったわね」

「ジャンク、余計なこと言わないでよ!」
パレルは頬を膨らませながら横を向いた。
さらに機嫌が悪くなったようだ。

「余計なことってなんだよ。お前、編入試験受けてでも天使を目指すんだろ」
「あら、そうなの。じゃあ頑張ってね。あなたはとてもいい目をしているわ。次はきっと大丈夫よ」
パレルは突然立ち上がったと思うと、、そのままそそくさと歩いて行ってしまった。
「おい、パレル! どこ行くんだよ!」
でも、その声はパレルの耳には届いていないようだ。

「・・・ったく。しょうがねえな。どうしたんだ、あいつ」
「ごめんなさい。私、何か悪いこと言っちゃったのかしら?」
「気にすんな。いつまでも落ち込んでるタイプじゃないから大丈夫だ」
「そう。でもジャンクもよかったわね。あの件以来、もう死神には戻れないかと思ったわ」
ジャンクはふっと苦笑いをして視線を逸らした。


     *****


クレアはある日の光景を思い返す。
クレアとジャンクがユニットになり、ある子供の召喚、つまり死に立ち会った日のことだ。

クレアとジャンクの目の前にその子供は倒れていた。
その子を天国へ連れて行く・・・それが二人の仕事だった。
もちろん、その子がここで死ぬことは運命で決まっていた。

「こんなのあるかよ!」
倒れている子供を目の前にしてジャンクは叫んだ。
その子供はかすかに息をしていた。だが助かるかる見込みはもう無いだろう。

「ジャンク、しっかりして!」
取り乱しているジャンクをクレアが懸命になだめていた。
「この子が何をしたっていうんだよ!」
「これがこの子の運命なの!」
「そんな運命、俺は許さねえ! ゼウスに言ってやめさせる! この子は俺が死なせない!」

ゼウスとは全て人の運命を決める天界と現世を司る神の名だ。

「そんなことできるわけないでしょ! あなたが一番分かってるはずよ!」
もちろん、クレアも助けられるものなら助けたかった。
しかし、ゼウスが決めた運命は変えられないことは分かっていた。

「だってこんなの酷すぎる・・・なんで・・・こんな目の前で・・・」
ジャンクの目から涙が溢れ出した。
「さあジャンク、早く。間に合わなくなるわ。あなたがやるしかないの!」

人の一生の最期、召喚者を安らかに息を引き取らせるのが死神の役目だ。
それがうまくいかないと、その魂は天国へとは召されず、現世を永遠に彷徨うことになりかねない。

「俺には・・・できねえよ・・・」
「あなたがしっかりしないでどうするの!」
「俺・・・ダメだ・・・できねえ・・・」

ジャンクは目の前で死んでいく子供に何もできない無力の自分に絶望した。
ジャンクはそのまま泣き崩れ動けなくなった。