「二百円のお返しです」

 お釣りを差し出すと、ビジネスマン風の男性客は受け取って財布に入れた。雑誌の入ったビニール袋を手渡し、「ありがとうございました」と頭を下げる。顔を上げ、男性客がガラス戸を押し開けて出ていくのを見送った。

 書店の閉店時間まであと十分。シャッターを下ろせば今日のバイトは終了だ。夜の八時前となれば、さすがにもうお客は来ないだろう。そう思ってレジカウンターの上を片づけ始めたとき、ガラス戸が開く音がした。

「いらっしゃいま……」

 客の顔を見て「せ」という言葉が喉の奥で消えた。ドアから入ってきたのは智基くんだったのだ!

「あれ、川口さん。ここでバイトしてたの?」

 智基くんはにこやかに微笑みながらレジカウンターに近づいてきた。私は頷くだけで精いっぱいだ。

「ごめんね、閉店間際に。家庭教師の子のために参考書を買おうと思って。急いで探すから」

 智基くんは言って、急ぎ足で奥の参考書コーナーに向かった。

 女性の店長さんは奥の事務室にいて、今、店内には誰もいない。

 そう思うと、急に心臓がドクドクと鳴り出した。

 ね、チャンスじゃない? 智基くんとふたりきりなんだよ?