「えっ!?」

 見間違いかと思い、千聖は目を擦った。瞬きして見直しても、窓の外はマーブル状の青紫色になったままだ。道路も、自動車も、街路樹も通行人も、全て消えてしまった。一方で、店の中には変化は見られない。これが、雷蔵の言う超常現象なのだろうか。

「ど、どういうことですか……?」
「もうすぐ、一人目のお客様が見えるよ」
「え?」

 雷蔵が千聖のところに戻ってきてすぐ、そう言った。外がこんな状態で、客が入ってこられるのか甚だ疑問なのだが、雷蔵の言葉通り本当に外から扉が開いた。

 入ってきたのは、若い女性だ。雷蔵と同じく、二十代半ばくらいだろうか。艶やかで真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、雪のように白い肌とつぶらな瞳、桃色の唇が千聖の目を奪う。女優やモデルのように美しい。白いブラウスと紺色のロングスカートが、よく似合っている。

「いらっしゃいませ」
「あ……い、いらっしゃいませ!」

 千聖がぼんやりしているうちに雷蔵が腰を折ったので、慌てて真似をした。女性は二人に軽く会釈をして、訝しげに店内を見渡した。

「あの……ここって?」

 何が何だか分かっていないのは、千聖だけではなく、彼女ものようだ。それはそうだ。外は変な状態になっているのに、この店だけ普通に営業しているのだから。

「ようこそ、『狭間(はざま)世界の雑貨店』へ。ここは、あなたの未練を解決するお店です」
「未練を、解決……?」
「生前の未練です。あなたが亡くなる前に、何かしらの後悔や未練を抱いていなければ、この店を見つけることはありません」

 千聖は目を大きく見開いて、雷蔵の横顔を凝視した。彼の表情は至って真剣で、冗談を言っている風ではなさそうだ。

(生前? 亡くなる前? ということは、この女の人は、もしかして……!?)

 雷蔵の言葉が本当なら、この美しい女性は既に亡くなっているのだ。ならば、彼女は――幽霊や亡霊の類いである、ということになる。千聖は声にならない悲鳴を上げるかのように、口をぱくぱくと動かした。

「亡くなる前……ああ、そうですよね。私、未だに、自分がどうして死んでしまったのか、分からないんです」
「分からない、とは?」
「死因、というんですか。恋人の誕生日に、一緒にレストランで食事をしていたことまでは覚えているのですが、気がついたら、この世界を彷徨っていて……」
「でしたら、こちらでお話を承りましょうか」

 するすると話が進んでいき、千聖は置いてきぼりだ。雷蔵が棚の一つをぐいと押し込むと、それが壁ごと時計回りに動いて奥に小部屋が現れた。からくり屋敷のような仕組みに、千聖がまた唖然としている間に、二人は中のテーブルを挟んで椅子に掛けた。