「じゃあ、お母さん。行ってきます」
「行ってらっしゃい。体験してみて、自分に合わないと思ったら、無理に決めなくていいのよ」
「うん、分かってる」
「気を付けてね」

 約束の土曜日。仕事が休みの麻唯子をアパートの部屋に残し、千聖は雷蔵のいる雑貨店に向けて出発した。

(どんなことが待っているのか、まだ不安だけど……)

 あれから千聖は、超常現象についていろいろと調べてみた。大学の図書館で資料やパソコンを駆使して情報を集めたのだが、これといって目新しいものは得られなかった。どんなことに対しても心構えをするつもりだったのだが、恐怖体験だったらどうしよう、と余計に不安になっている。

 身の安全を保証してもらえるとはいえ、あの時にもう少し詳しい話を聞いておくべきだったと、千聖は後悔していた。だが、時給は非常に魅力的だ。できることなら、あの雑貨店で働きたいと思っている。

 途中で何度か足を止めて戸惑いながらも、千聖は雑貨店に辿り着いた。扉の張り紙は確かに剥がされていて、『CLOSED』のプレートが下がっている。開店日も決まっていないようだったが、今日はお試し開店でもするのだろうか。

「おはようございまーす……」

 千聖は扉を開け、まだ薄暗い店内に向かって呼びかけた。雷蔵がすぐにスタッフ控え室から顔を出す。

「ああ、羽根田さん、おはよう。待ってたよ」
「はい。店長、本日はよろしくお願いします」
「うん」

 相変わらず綺麗な微笑みを浮かべる人だなと感心しながら、千聖は中へ足を踏み入れた。内装は先日とほぼ変わっておらず、もう開店しても問題なさそうに思える。アルバイトの人員を確保できてから、という店長の考えなのかもしれない。千聖は控え室に入り、ロッカーを一つ借りて中に鞄を置いた。

「あの、制服とかはないんですか?」
「平日はエプロンと名札を着けてもらうんだけど、土日は私服のままでいいよ」
「はい。分かりました」

 それは、土日は接客をしない、ということだろうか。千聖は先の予測ができず、いよいよ緊張してきた。

「さて、そろそろ開店準備だ。百聞は一見にしかず。見てもらうのが早いだろうね」

 雷蔵が店内に向かったので、千聖もそれに続いた。雷蔵は照明を点け、レジを立ち上げたのだが、その一方で電話機からコードを抜いた。これでは、店にかかってきた電話をとることができない。

 思わぬ行動に千聖が口をぽかんと開けている間に、時計の針は午前十時を指す。雷蔵が入り口の扉を開け、プレートを『OPEN』に変えた――その瞬間、外の景色がぐにゃりと歪む。