狭間雑貨店で最期の休日を

「……ありがとう、知春。僕は、前に進むよ。絶対に、幸せになる」
「うん」
「君のことも覚えている。忘れないから」
「うん……ありがとう。それじゃあ、信一さん。元気でね」
「ああ」
「店長さん、羽根田さん、本当にありがとう――」

 知春が天使のような微笑みを浮かべると同時に、彼女の全身が光の粒子となって、弾けて消えた。指輪も彼女に同化して、一緒に旅立ったようだ。もう、千聖にもその姿は見えない。今の今まで知春がいた場所を、信一は呆然と見つめている。

「浄化、された……?」
「うん。ちゃんと黄泉に行けたよ」
「よかった……よかったです」
「あはは。羽根田さん、涙で顔がぐちゃぐちゃになってる」

 雷蔵はすっとハンカチを差し出してくれた。千聖は厚意に感謝しつつ、受け取って涙を拭く。信一の様子が心配で、千聖はすぐに泣き止んだ。

「もう、僕は……知春には会えないってことですよね」
「ええ、そうです。会うことはできませんが、彼女の未練はもう、この世にありませんよ。あちらの世界で、心安らかに過ごすと思います」
「……僕からも、お礼を言わせてください。本当にありがとうございました。詐欺だなんて疑ってしまい、申し訳ありません」

 雷蔵と千聖に深々と頭を下げる信一に対し、千聖は「頭を上げてください」と言った。知春が言ったとおり、誠実な人だ。

「それ、読書好きの境さんのために、知春さんが選んだものなんです」

 栞を指さして、雷蔵がそう言った。信一は、店で知春がそれを選んだ時にそっくりな表情を浮かべている。

「そうでしたか。栞、大切に使います。この押し花も、綺麗ですね。何の種類でしょう?」
「勿忘草(ワスレナグサ)です。花言葉をご存知ですか?」
「勿忘草? ええと、聞いたことがあるような……」

 千聖ははっとして雷蔵の顔を見た。なぜ、ラッピングをする時に気がつかなかったのだろうか。勿忘草の花言葉は――。

「『私を忘れないで』と『真実の愛』です」
「……ああ、なんだかしみじみとしてしまいますね。知春は、このことを知っていて?」
「いいえ。ただ直感で選んだのだと思います。僕も敢えて黙っていたんですが……お二人を見ていて、あまりにもぴったりだと思ったもので」

 千聖も、雷蔵の言葉に同意だと大きく頷いた。知春と信一を見ていて、真実の愛とはこういうものだろうと思えたのだ。信一は、この先知春のことを忘れることはないだろうが、これできっと、一歩前進できるはずだ。

 すっかり冷め切った料理を前に、信一は力なく笑った。だが、そこには達成感のような、温かみに溢れるような、すっきりした表情も見受けられて、千聖と雷蔵は安堵感で微笑み合った。