だが、知春にはやはり覚えがないらしい。千聖には首をひねって見せ、心配そうに眉を下げながら、信一を見つめている。大切な人を守りたい一心で、咄嗟に行動したのだろう。切なすぎる上に、罪もない命を奪った犯人が憎すぎて、千聖は奥歯をぎりっと噛みしめた。
「羽根田さん」
「……はい」
知春が千聖に笑いかけるので、千聖は大切な役目を思い出し、心を奮い立たせた。とにかく時間がないのだ。早く、彼女の想いを伝えなければならない。
「私の言葉を、代わりに信一さんに伝えていただいて、いいでしょうか?」
「もちろんです。境さん、今から、知春さんの言葉をお伝えしますね」
「……はい」
千聖と知春は、同時に深呼吸をした。心が澄んでいき、知春と同調したようにすら感じる。千聖は、知春の台詞を全てそのままに、信一へと伝えることにした。信一は眼鏡の奥の瞳を細めながら、涙をじっと堪えている。
「信一さんが生きていてくれて、本当によかったです。辛いことも話してくれてありがとう。そして、誕生日を祝う約束を、ずっと守ってくれてありがとう」
「知春……本当に、そこにいるんだな? 嘘じゃないんだな?」
「はい。私は死んだ理由が分からず、信一さんに想いを伝えたいという未練を残したまま、ずっと不思議な世界を彷徨っていました。その解決を、羽根田さんたちが手伝ってくれるということで、お言葉に甘えることにしました」
信一が、空っぽの席に向かって手を伸ばす。知春は、その手にそっと触れた。互いの体温は感じられなくても、どうか心で感じられるようにと、千聖は祈る。
「知らないうちに十年も経ってしまって、びっくりしました。どう足掻こうと、私はもう、信一さんを……幸せにすることはできません。だからどうか、信一さんなりの幸せを見つけて生きてほしいと願っています」
「……知春、僕は……」
「私を忘れないでいてくれたこと、とても、とても嬉しかった……。でもこれじゃ、お店にも迷惑を掛けてしまうから。今日で最後にしてください」
信一の両目から、それぞれ一つずつ、涙の筋ができている。知春が信一をからかうように、少し茶目っ気を含ませて話しているが、それをうまく再現できているか、千聖は心配だった。
「分かった……。でも、僕も、一つだけ後悔していることがある」
千聖が自分の涙を拭いている間に、信一は床のバスケットから鞄を持ち上げ、中から小包を取りだした。包装を解いてしまえば、それが何かは一目瞭然だった。
上下に開く白い小箱から、ダイヤモンドのあしらわれたシルバーリングが出てくる。知春は大きく息を吸って口元を手で押さえた。信一は、ずっとそれを持ち歩いていたのだ。
「羽根田さん」
「……はい」
知春が千聖に笑いかけるので、千聖は大切な役目を思い出し、心を奮い立たせた。とにかく時間がないのだ。早く、彼女の想いを伝えなければならない。
「私の言葉を、代わりに信一さんに伝えていただいて、いいでしょうか?」
「もちろんです。境さん、今から、知春さんの言葉をお伝えしますね」
「……はい」
千聖と知春は、同時に深呼吸をした。心が澄んでいき、知春と同調したようにすら感じる。千聖は、知春の台詞を全てそのままに、信一へと伝えることにした。信一は眼鏡の奥の瞳を細めながら、涙をじっと堪えている。
「信一さんが生きていてくれて、本当によかったです。辛いことも話してくれてありがとう。そして、誕生日を祝う約束を、ずっと守ってくれてありがとう」
「知春……本当に、そこにいるんだな? 嘘じゃないんだな?」
「はい。私は死んだ理由が分からず、信一さんに想いを伝えたいという未練を残したまま、ずっと不思議な世界を彷徨っていました。その解決を、羽根田さんたちが手伝ってくれるということで、お言葉に甘えることにしました」
信一が、空っぽの席に向かって手を伸ばす。知春は、その手にそっと触れた。互いの体温は感じられなくても、どうか心で感じられるようにと、千聖は祈る。
「知らないうちに十年も経ってしまって、びっくりしました。どう足掻こうと、私はもう、信一さんを……幸せにすることはできません。だからどうか、信一さんなりの幸せを見つけて生きてほしいと願っています」
「……知春、僕は……」
「私を忘れないでいてくれたこと、とても、とても嬉しかった……。でもこれじゃ、お店にも迷惑を掛けてしまうから。今日で最後にしてください」
信一の両目から、それぞれ一つずつ、涙の筋ができている。知春が信一をからかうように、少し茶目っ気を含ませて話しているが、それをうまく再現できているか、千聖は心配だった。
「分かった……。でも、僕も、一つだけ後悔していることがある」
千聖が自分の涙を拭いている間に、信一は床のバスケットから鞄を持ち上げ、中から小包を取りだした。包装を解いてしまえば、それが何かは一目瞭然だった。
上下に開く白い小箱から、ダイヤモンドのあしらわれたシルバーリングが出てくる。知春は大きく息を吸って口元を手で押さえた。信一は、ずっとそれを持ち歩いていたのだ。
