『雑貨“Hyssop(ヒソップ)”近日開店予定。アルバイト募集中。詳細は店長まで』

 上質な紙を使っているようだが、書かれていることは簡潔のように見えて大雑把(おおざっぱ)。『近日』ではいつ開店するのか分からないし、アルバイトの勤務時間や時給すらも載っていない。千聖は面食らった。

「こんなに詳細が分からないのも珍しいな……」

 家から近く、接客ができる雑貨店ということで、千聖は少なからず興味を引かれていた。アルバイトを募集しているのなら話を聞いてみたいが、この紙を貼った店長を探すにはどうしたらいいのか。試しに、扉を数回ノックしてみたものの、誰も何も出てこない。

 店長がちょうど不在にしているのかもしれない。だが、こんな調子でこの雑貨店はやっていけるのだろうか。時間を置いて、また改めて訪れようと、千聖は踵(きびす)を返した。

「君、アルバイトに興味あるの?」
「ひっ!」

 振り返った直後、男性の声が聞こえたかと思えば、目と鼻の先に人間の胸元があった。ぶつかりそうになり、千聖は咄嗟に踏ん張ったのだが、反動で仰け反った。そのまま男の顔を見上げれば、淡褐色の瞳と視線がぶつかる。

「び、びっくりした……!」
「ああ、驚かせてごめんね。僕、ここの店長です」
「あ……そうなんですね。こちらこそ、そそっかしくてすみません」

 男が一歩後退してくれたので、千聖は姿勢を元に戻した。軽く頭を下げ、改めて男の顔を確認する。

 宝石のように色素の薄い瞳と、ショートカットの黒髪。前髪を少しだけ横に分け、その間から覗く眉毛は綺麗に整っている。女性も顔負けのぱっちりとした目と、筋の通った鼻梁、薄い唇。メディアでよく言われる言葉で説明するなら、甘いマスク――いわゆるイケメンだ。

 年齢は二十代半ばといったところか。手には半透明のビニール袋を持っている。買い物に出掛けていたようだ。

「あの、アルバイトってまだ募集してますか? 私、興味があって……」
「うん。それ、さっき貼ったばかりだから」

 早速応募者が出たことが嬉しいのか、男性はふにゃっと表情筋を崩して笑った。千聖も偶然ながら、いいタイミングで店を見つけたものだ。

「それなら、お話を伺いたいんですが……あっ! でも、履歴書が要りますよね?」
「ううん。経歴は口頭で聞くから要らないよ。どうぞ、中へ」
「あ、はいっ」

 初めてのアルバイトで勝手が分からない千聖は、彼の醸し出す独特な雰囲気に、些か不安を覚える。